第87話

 ああ、私は一体何をやっているのだろう。


 沈んでいく夕日を背に、さっきから自分の影ばかり見てしまう。

 円城寺が観覧車に行こうなんて言うものだから。勢いで、思わず取ってしまって。


 つないだ右手が熱い。


 さっきまで見ていた魚の話とか、この後の夜ご飯の話とか、なんでもない話をしながら、すでに私の頭の中ではちょっとした一人反省会が始まっていた。


 今日という一日は、本当に今まで経験がないほど充実していたのだけど。

 

 そもそも、円城寺からの告白にちゃんと返答をしないといけないと思いつつ、恥ずかしくてちゃんと言葉を返せないまま、こんなふうに手をつないでデートをしてしまっていて。


 それに、さっきから頭の中に浮かぶのはろくでもないことばかりで。


 すごく、申し訳ない気持ちになる。


「観覧車、楽しみですねっ」


 円城寺はそう言って、つないだ手をきゅっと握ってくる。

 昼間から何度となくされていた動作なのだけど、あたりが暗くなってきたからか、なんだか妙にドキドキしてきてしまう。


 ダメだ、何を考えてるんだ、私は。破廉恥な。



 円城寺と話しながら、そんなことをぐちゃぐちゃと考えているうちに、観覧車乗り場へ着いた。さほど並んでいない、順番待ちの列に並ぶ。係員のお兄さんが順番に人数を数えていて、あっという間に自分たちの番になった。


「こんばんは。何名様ですか?」

「「二人です」」


 二人でハモってしまったのが面白くて、笑ってしまう。


「二名様ですね。はい、足元に気をつけてください。どうぞ」


 ぐらぐら揺れる観覧車のゴンドラに乗り込む。

 ちょっとふらついていた私の手を、先に乗り込んでいた円城寺が引っ張ってくれた。


「では、いってらっしゃい!」


 そう言って扉が閉められる。


 ここから約十七分の空の旅が始まるのだ。


 進行方向を円城寺が向いて、その向かい合わせに私が座る。前のゴンドラに乗っている男女のカップルは、同じ側の座席に二人で座っていたけど、なんとなくバランスが悪くなるのが怖くて、この配置になった。


「山本さんって……」


 ゴンドラが上昇するのに気を取られていると、円城寺がなにやら意味ありげに話し出す。


「今の仕事、楽しいですか?」


 何かと思えば、急にそんなことを。


「……楽しいわけないでしょう。お金稼ぐために、仕方なくやってるだけです」


 せっかくデートを楽しんでいたというのに、そんなことを聞くなんて。今から週明けのことを考えると、頭が痛いくらいだ。


 だけど、そんなことを訊かれれば、こっちも聞き返したくなるもので。


「円城寺さんは、どうなんですか。……仕事、楽しいですか?」


 すると円城寺は、こちらをまっすぐ見て答えた。


「わたしは、山本さんの、おかげで。最近はすごく楽しいです」


 そう言って、にっこり笑う。


「……っっ!!」


 そんなふうに、はっきり言われるなんて思ってもみなかったから。私の体温は、もう本日何度目かわからない急上昇を始めるのだけど。


「見てください! 山本さん、あれ!」


 そんなふうにまた、急に話題を変えてくるものだから、私も思わずそちらを眺める。


「わあ……すごい」


 私たちのゴンドラはいつのまにかほとんど頂上まで来ていて、海の方角には、近くのテーマパークのものと思われる花火が上がっているのが見える。


「こんなことってあるんですね」


 私が驚いていると、円城寺は笑う。


「ふふ、図っちゃいましたっ。夢のお裾分けですね〜」


 円城寺は、この時間に花火が上がることを知っていたらしい。

 

 ……ああもう、この女は。


 どこまで私の心を乱れさせるつもりなんだ。


「あの……円城寺さん!」


 私は、精一杯の勇気を振り絞って言う。


「は、はいっ」


 急に大きな声で名前を呼ばれた円城寺は、まん丸の目を私のほうに向ける。


「この後、私の家に来ませんか? いや……来てください。泊まりで」

「えっ……?」


 きょとんとしている円城寺の手を、握りしめた。


 ……だって、すごくすごく、悔しかったから。

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