第56話
すぐに店員さんを呼んで、謝りながらお会計をして店を出る。
びしょ濡れになってしまった円城寺には、私の薄手のカーディガンを羽織らせて、胸元だけでも隠させた。
幸いこのお店は私の最寄駅から一駅、自宅までは歩いても二十分程度だ。円城寺の小さなカバンも私が持って、マンションまでの道を歩く。
「ごめんね。もうすぐ着くから」
私がこぼしてしまったのだから、仕方ない。いくら今が夏とはいえ、びしょ濡れにさせてしまった責任は取らないといけない。
せめて服を洗って乾かしてあげないと。そう思って早足で歩く。
「わーい、山本さんのお家、楽しみ」
当の円城寺は、びしょ濡れにされたっていうのに、妙に楽しそうで。
このあいだみたいに手なんかつながれたらどうしようかとも思ったけれど、今日はそんなことはなかったから、少しほっとする。
途中でコンビニに寄って、円城寺の替えの下着も買って家に向かう。円城寺はちゃっかりお酒なんか買ってきた。うちへ来てまだ飲むつもりらしかった。
部屋に着いて、玄関で濡れた服を脱いでもらって、そのままお風呂にでも入ってもらうことにした。
「山本さん、あっち向いててくださいね?」
「え、あ、はい」
なぜか照れたようにそう言う円城寺。女同士なんだし、そんなに恥ずかしがることないのに、なんて思ったけれど、ふといつぞやの光景が頭に浮かぶ。
私が酔い潰れて円城寺の家で目覚めた朝のこと。円城寺の白い肌とピンクの……。
って、私は一体なにを考えているのか。顔が熱くなる。
なんなんだ、私は変態か。バカなのか。
「お風呂借りますねー! わああ、広いお風呂!」
私の煩悩になど気づくはずもなく、円城寺は無邪気にはしゃいでいるから、ほっとする。と、同時に申し訳なく思う。
「タオル、置いておきますね。あと、私の部屋着ですけど、よかったら」
「ありがとうございます!」
私が濡らしてしまったのだし、本当は服も洗ってあげられたらよかったのかもしれないけど、円城寺が自分でお風呂で洗うというので、任せてしまった。
実際、円城寺のおしゃれな服をどう扱っていいかわからなかったし、下着なんかは、他人に洗われたくはないだろうし。
円城寺がお風呂に入っているあいだに、リビングも片付けて、円城寺が買ってきた赤ワインをグラスとともにテーブルの上に置いておく。
さっき食べたばかりだからいらないかなと思いつつ、ちらっと冷蔵庫の中身もチェックしておく。最近仕入れたばかりのイタリアのチーズと生ハムがあるから、ちょっと飲むくらいなら、おつまみには困らないだろう。
時刻はまだ十八時過ぎくらいで、それなのにこんなに飲んでばかりで大丈夫なのかと思うけど。一時間もすれば服も乾くだろうし、ちょっと休んでもらって、あまり遅くならないうちにお引き取り願うつもりだった。
「お風呂ありがとうございました~」
お風呂から上がった円城寺が、リビングに来る。私の部屋着を着て。
濡れた髪、上気した肌。
その光景が、なんだか落ち着かなくて。
「わ、私も入ってこようかな……お風呂」
円城寺にドライヤーを渡して、入れ違いに自分もお風呂場に向かう。
すれ違う時に感じるシャンプーの匂い。
私の、シャンプーの匂いなんだけど。なんでだろう。
胸の音がうるさい。もう、なんでなんだ。
半ばイラつきながら服を脱ぎ、私は浴室に入った。
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