第57話
お風呂から上がると、いつもより2割増しくらいに髪の長くなった円城寺が、ソファーにもたれて眠ってしまっていた。
「……円城寺さん」
おそるおそる、声をかける。
「あの、困るんですけど……」
申し訳程度に、そう呟くけれど。
円城寺が起きる気配はない。
これ、本当にどうしたらいいんだろう。
髪は乾かしたみたいだけれど、お風呂上がりにこんなところで眠ってしまって、風邪でも引いたら大変だ。
いや、別にこれは、心配しているわけじゃない。
翌週の仕事に差し支えたら困るというだけで、別に。
……あ、そうだ。
私はあることを思い出した。
ダメ元で、作戦を決行することにする。ごくり、と唾を飲み込む。
そして、円城寺の耳元でささやいた。
「円城寺さん、生ハム、ありますよ」
「……えっ……生ハムっ」
速攻、目覚めた。なんなんだ、この女。
もしかして狸寝入りだったのか?
「ふぇ……あれ、わたし、寝てました? ごめんなさい」
目をこすりながら、円城寺がふわふわとしゃべる。
そのふわふわした高い声が、なぜだろう、今日はなぜか妙に私をイラつかせる。
「こんなところで寝られちゃ、困ります。おつまみ食べてちょっと飲んだら、ちゃんと家帰ってくださいよ」
「はーい」
円城寺は意外にも、そう素直に返事をする。
私はキッチンに戻って、冷蔵庫から生ハムとチーズを取り出し、それぞれ食べやすいサイズにカットする。
「ワイン、赤でいい?」
「赤! やったー」
まだ酔いが残っているのか、円城寺はいつのまにかタメ語になっている。
別に、実は同い年だし、いいんだけど。
いいんだけど、なんだか妙に引っかかる。
一体これは、なんでなんだ。
「はい、お待たせ」
「わーい!」
テーブルにワインとおつまみたちを持っていき、乾杯する。
なんだか嫌な予感がするけれど、生ハムを餌に起こしてしまった以上、提供しないわけにもいかないし。
そんな言い訳を自分にする。言い訳だなんて言葉がつい浮かんでしまうくらいの、やましい心が自分の中にあることを必死で気づかないようにして。
「山本さん、美味しいもの、よく知ってますよね、本当、最高れす」
円城寺はそう言って、私の肩をぽんぽん叩く。
その感触がいちいちくすぐったい。
だけど、ご機嫌かと思えば、
「山本さん、仕事もできるし……同い年なのに、わたしとは全然違う……」
そんなことを言って、泣きそうな顔をする。
「そんなことないですよ……。円城寺さん、最近はちゃんとやることやってくれてるし。それに……」
私は思わず口走ってしまう。
「いいところって人それぞれじゃないですか。円城寺さん……私と違って、可愛いし……」
言葉にした瞬間、はっとする。これはセクハラではないのか、やってしまった、と。
けど、そう思うと同時くらいに、円城寺の手が、私の手に重なった。
「山本さん……あの」
円城寺の顔が、私のすぐ目の前に現れる。
普段ならすぐ逸らしてしまう目を、なぜだか今は、逸らすことができなくて。
そんな私に、円城寺は静かに言った。
「わたし……山本さんのことが、好きです」
潤んだ目で、頬を赤らめて、そんなことを。
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