第62話
「ああ……見ないでください……」
山本さんはすごーく恥ずかしそうにしている。
何かといえば開いているのはWordファイルで、何かのお知らせの文書をつくっているようだった。
「社内のみんなに、電帳法に基づいたファイルの保存ルールをお知らせする必要があるので……。来年の一月からだから、まだ余裕はあるんだけど、私、デザインとか本当に苦手で……」
その文書は見る限り、確かにその、率直に言えばとんでもなく酷いデザインのものだった。
「ま、まあ……人には得意不得意がありますし」
そう言ってフォローするのだけど、山本さんはますます元気がなくなっていく。
見た目にもフォントも色もバラバラだし、正直文書を読んでも何が言いたいのか分かりづらいことは間違いない。あれ、これ、もしかして……。
わたしは勇気を出して言ってみた。
「あの……もしよかったら、これ、わたしがまとめましょうか?」
「え、いいの!?」
「マニュアル作成の合間にちょっとずつ直す感じでもよければ……」
「ありがとう!」
山本さんはどうやら、この件でずっと悩んでいたらしい。
「電子帳簿保存法の中身のことは、わたしまだよくわからないので、あとで教えてもらってもいいですか?」
「もちろん。ああ、本当に助かる……ありがとう」
山本さんはそう言って、わたしの手を両手で握ってくるのだけど。
夏なのに、山本さんの手はひんやりしていて、その温度差にちょっとドキッとする。
……ううん、温度差のせいなんかじゃない。
そんなことは嫌というほどわかっているけれど。
だけど、山本さんが喜んでくれたのが、わたしが少しでも悩みを減らすことができたのが嬉しくて。
単純なわたしはついつい、ニヤニヤしてしまうのだった。
*
それから数日後。
ペーパーレス対応と業務マニュアル作成、それからツールのテストに、お知らせ文書の作成。
わたしにしては今までないくらい盛りだくさんのお仕事内容だったのだけど、お盆前になんとかひと段落して、乗り越えることができた。
「円城寺さん、本当にありがとうね。いろいろ助かった」
山本さんはそう言って、わたしの肩に手を置いてくる。
最近は、こういう接触すら、なんだかいちいち恥ずかしくて。
「いえ、お仕事ですから!」
そんなふうに元気いっぱいに返事をして、誤魔化してしまう。
「ふふ、そうだね」
わたしの言葉に、山本さんも笑ってくれる。
それがすごく嬉しくて。
まだまだやることはたくさんあるし、お仕事に終わりなんかないのだけど、ついつい気が緩みそうになる。
「お疲れ様ー」
「ほんと疲れたよ……」
経理課のほかのメンバーも疲労困憊という様子だったけど。
「これで、暑気払いができるね」
「やったー!」
「ビアガーデン行こ!」
みんなのそんな会話を聞いて、わたしはついついテンションを上げてしまう。
「山本さんもビアガーデン、行きますよね?」
「え、ああ、はい。行きます」
「やったぁー!」
山本さんとまたお酒が飲めると思うと本当に嬉しくて、舞い上がりそうな気持ちになってしまって。
うっかりパソコンを消さずに帰りそうになって、山本さんに注意されてしまったのだけど。
「さて、とりあえず」
さっきまで死んだ目をしていた山本さんは、わたしの肩をポンとしながら、いつになく楽しそうに言った。
「また明日。ビアガーデン、楽しみだね」
ああもう、大好きが溢れておかしくなってしまいそう。
そんなふうに思っちゃうことすら、今はもう恥ずかしいのに。
だけど、わたしは平気なふりをして返事をする。
「はい! また明日!」
明日は土曜日。
結局この夜は、興奮しすぎて眠れなくなってしまうのだった。
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