第63話

 ついに、待ちに待った土曜日。今日は会社のみんなとビアガーデンの日。

 場所は、よく行くデパートの屋上で、前から行ってみたいなって思っていたところだったから、嬉しい。


 なにより、今日は山本さんもいるから。


 お休みの日にまで会えるというのが、すごく嬉しくて。やっぱりわたしは、エサを前にしたワンちゃんみたいに、馬鹿みたいにテンションが上がってしまうのだ。


 だけど、不安もあって。


 こんなふうにおかしなテンションでいたら、そのうち山本さんに好意が伝わってしまうんじゃないかとか、そうなったら拒絶されたり嫌われたりしてしまうんじゃないかとか、そういうことを考えたら、すごくすごく怖くなってしまう。


 でも、そんな泣き言言ってられないから。わたしはわたしで、今自分のできることをするしかない。


 そういうわけで、例によって、今日もしっかり時間をかけてメイクをした。

 お肉を焼いたりもするらしいから、少し迷ったのだけど、洋服もやっぱりお気に入りのワンピースで気合を入れる。


 そう、お肉はね、こぼさないように気をつければいいだけ。そんなことを思う。


 わたし、やっぱりちょっと、テンションが上がりすぎているのかもしれない。


 会場へ着くと、真っ先に声をかけてくれる人がいる。


「円城寺さん、おはようございます」

「山本さん!」


 ああ、やっぱりもう、これだけで元気が出ちゃう。


 部署別に席について、まずは乾杯をする。


「円城寺さんもビール飲むんだ」


 なぜだか男性社員にそんなことを言われたりしながら、会が進む。


 わたしはもともとお酒は好きな方だけど、見た目とのギャップ?とかでなんだか意外に思われてしまうらしい。

 ちょっと恥ずかしくなってしまったので、わたしは席を立って、お肉を焼くことに専念することにした。



 お肉を焼きながら、ついつい山本さんの姿を目で追ってしまう。

 山本さんは、いろんな部署の人たちと親しげに話している。わたしと違ってちゃんと仕事ができる人だから、みんなに信頼されているのだと思う。


 胸がちょっとだけ、チクっとする。

 泣き言言ってないで、わたしもちゃんと仕事ができるようになればいいだけ。

 それはわかっているのだけど。


 やっぱり、モヤモヤしちゃうものなのだ。


「山本さん、ビール持ってきましょうか?」


 山本さんが他の人と話しているというのに、ついつい話しかけに行ってしまう。


「いや、あとで自分で行くからいいよ。グラス交換制だし」

「あ、そっか。そうですね」


 あえなくそう言われてしまう。

 ああ、そんなことすら気づけないなんて。恥ずかしい。


 だけど、山本さんは、今度は逆にわたしのほうを心配してくれる。


「円城寺さん、ちゃんと食べてますか?」

「あ、その、えっと……。わたし、ダイエットしてるんで、大丈夫です!」


 ついそう答えるのだけど、実はさっきから、お腹がぐうぐう鳴いている。

 他の部署の人たちに遠慮して、どんどんお肉を渡していたら、自分が食べている暇がなかったのだ。


 すると山本さんは。


「ダイエットしなくても、今のままでも充分、スタイルいいとおもうんだけど」


 そんなことを言ってくる。


「え、そんな……山本さんに比べたら、わたし……」


 合コンの夜のことが、頭の中に蘇ってくる。

 そう言えば、わたしの身体も、あのとき山本さんに見られちゃったんだった。


 もう、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。


「ああ、もう。……はい、お肉。せっかく会費払ってるんだから、もったいない。ダイエットは明日からでも別にいいでしょ」


 山本さんはそう言うと、焼きたてのお肉を取って、わたしのお皿に乗せてくれる。


「ありがとうございます」


 わたしはついついがっついてしまう。


 山本さんからもらったそのお肉は、今まで食べたどんなお肉よりも、美味しいと思ってしまったのだった。



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