第64話

 山本さんにお肉をもらったのをきっかけに、わたしは調子に乗ってお肉をたくさん食べて、ビールもたくさん飲むようになってしまっていた。


 隣に座っていた男性社員が、持ってきてあげるよって言ってどんどんビールを持ってきてくれるから、ついつい飲みすぎてしまって。


 それで、気づいたらわたしは。


 ……なぜか、知らない家にいた。


 完全に泥酔していたみたいだった。


「円城寺さん、生ハムありますよ」


 そんなことを耳元で言われて起こされる。

 声の主は山本さんだった。


 わたしはどうやら、山本さんのお家に上がり込んでしまったらしかった。


 そうだ。確かに言われてみれば、うっすらとだけど記憶している。


 山本さんを口説き落として二次会に誘って。それでなぜか気づいたらお酒をこぼしていて、服がびしょびしょになっちゃって。


 お風呂まで借りたところで、眠気に襲われて、それで今まで寝てしまっていたのだ。

 山本さんのベッドを勝手に借りて。


 気づいた瞬間、恥ずかしくなる。

 わたし、山本さんが普段寝ているベッドで寝ちゃってたんだって。


 思わず、変なことを考えそうになる。

『なんて破廉恥な』って山本さんなら言いそうな、そういうことを。


「ふぇ……あれ、わたし、寝てました? ごめんなさい」


 そうやって眠いふりをして誤魔化した。



「こんなところで寝られちゃ、困ります。おつまみ食べてちょっと飲んだら、ちゃんと家帰ってくださいよ」


 そう言いながらも山本さんは、キッチンに立って何やら準備してくれていた。


 『ちゃんと家帰ってください』って言われて、ちょっとだけ凹んでしまう心もあったけど。


「ワイン、赤でいい?」

「赤! やったー」


 ついつい、調子に乗ってしまって。アルコール分解速度の異様に早いわたしの身体は、さっきあんなにビールを飲んだばっかりだっていうのに、大喜びで赤ワインを摂取し始める。


 山本さんが持ってきてくれた生ハムと一緒にいただく。

 ああ、もう、最高。


 生ハムがあって、山本さんがいてくれて。


 わたしの頭の中は、またとろけてしまいそうだった。



 だけど、お酒が進むと同時にすごくすごく悲しくなってきてしまって。


 勝手に楽しい気持ちになっていたけど、冷静に考えたら、わたしみたいな、仕事のできない会社のお荷物みたいな存在を、山本さんが相手にしてくれるわけないんだから。


 山本さん、あの合コンのときも言ってたし。

 『仕事のできる人がタイプ』って。


 そんなことを考えたら、思わず泣き言がこぼれてしまうのだけど。


「山本さん、仕事もできるし……同い年なのに、わたしとは全然違う……」

「そんなことないですよ……。円城寺さん、最近はちゃんとやることやってくれてるし。それに……」


 優しい山本さんは、そう言ってフォローしてくれる。


「いいところって人それぞれじゃないですか。円城寺さん……私と違って、可愛いし……」


 そう言わせてしまうことも心苦しくて。

 だけど、『可愛い』なんて言われて、そんなことですら、嬉しくなってしまう自分もいて。


 脈なんてないって、わかっていても。

 すっかりぐちゃぐちゃになってしまったわたしの口からは、勝手な言葉が飛び出してしまう。


「山本さん……あの」


 胸が苦しいくらいにドキドキする感情と、この苦しい感情を終わりにしたい気持ちとで、いっぱいいっぱいで。


 ついに、わたしは言ってしまった。


「わたし……山本さんのことが、好きです」


 絶対、言うべきじゃない、そんな言葉を。

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