第65話


 『好きです』なんて。


 こんなこと言うの、生まれて初めてで。すごく恥ずかしかったけど、それでもちゃんと目を見て言った。

 山本さんはやっぱり、すごく驚いたような顔をしていて。


 ああ、そうだよね。


 ただの同僚にこんなこと言われて、それも同性からなんて。

 きっと、嫌だよね。


 そう思ったら、胸が締め付けられる思いだった。


「……ごめんなさい、私」


 完全にフリーズしてしまっていた山本さんがやっと口を開いた、そのときだった。


「あ」


 山本さんが唐突にスマホを手に取る。何かの通知が来たみたいで。

 なんだか嫌な予感がした。


「ごめん、ちょっと返信する」

「あの、もしかして……江藤さん、ですか?」

「……あぁ……うん」


 なんだか歯切れの悪い返事をされる。


 そうだよね。気まずいよね。


 そもそも、山本さんには江藤さんがいるのに、わたしは何をやっているんだろう。


 告白なんてして、馬鹿みたい。


「あの……ごめんなさい」


 涙が出てくる前に、わたしは立ち上がる。


「わたし、帰ります」

「え、円城寺、さん……?」


 ワインを飲んでいたせいで、足元もおぼつかないままだったけど。

 このままここにいることに、耐えられなかった。


 だけど。


「待って……円城寺さん」


 次の瞬間、山本さんに腕をつかまれる。


「行かないで」

「ふえっ」


 びっくりして変な声が出た。


「そんなフラフラで出て行ったら危ないです。今日はうちに泊まってってください」

「で、でも……そんな、悪いです」


 恥ずかしくて、情けなくて、申し訳なくて。

 告白しちゃったせいで、ここに泊まるだなんて気まずすぎるのに。


「ベッド、使ってください。私はソファーで寝るので」

「えっ……でも……」

「お客さんに変なところで寝させるわけにもいかないでしょ。……シーツ替えたばかりだから、一応まだ綺麗だと思うし」


 山本さんはそう言って、わたしをベッドのある部屋まで案内してくれる。

 山本さんの家は、一人暮らしだっていうのに2LDKで、どれくらいお金がかかっているのだろう、なんてそんなことを、現実逃避についつい考えてしまう。


 酔っているわたしを支えるために、山本さんの腕が腰に回されているのが、くすぐったくって。ドキドキして、もう酔いなんてとっくに覚めているけど、もうちょっとだけ触れていたい。そんな気持ちでいっぱいになる。


 告白して、『ごめんなさい』って言われて、フラれちゃった後だって言うのに。

 山本さんには、江藤さんがいるのに。だからこんなことしちゃ、ダメなのに。


 堪え性のないわたしは、腰にまわされていた山本さんの指を、きゅっと、握ってしまう。


「ちょっ……酔ってるでしょ、円城寺さん」

「はい……まあ、酔ってますけど」

「やっぱり、そうですよね。だからあんな変なこと……」


 寝室について、ベッドの上にわたしを座らせるなり、山本さんはそんなふうに言ってくる。


 山本さんの言う『変なこと』って、多分それは、わたしが告白したことなんだろう。


 そうか、きっと、山本さんは、それをなかったことにしようとしてくれているんだ。

 月曜日からのわたしたちが、気まずくならないように。


 なぜだかまた、胸の奥が苦しくなる。


「とりあえず、今日はもう寝てください」


 そう言って、強引にお布団をかけられた。清潔な香りがする。

 柔軟剤の香りなのかな。


 自分の家のお布団とは違う香りだからって、なんだかドキドキしてしまう。

 別に山本さんの香りってわけでもないのに、わたしはまた変なことを。


「電気消しますね。私は向こう片付けるんで、ゆっくり寝てください」


 そう言って、山本さんは電気を消して、元いた部屋に戻ってしまった。


 わたしがお布団の下敷きになっている間に、かちゃかちゃと食器を片付ける音が聞こえる。起きて手伝いたいのに、ふわふわのお布団に絆されて、またウトウトしてきてしまう。


 やっぱりわたし、結構酔っているみたいだ。


 そんなことを思いながら、意識は闇の中に溶けていった。


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