第61話

「マニュアル、順調?」


 缶コーヒーを開けながら、山本さんは言う。


 わたしの進捗を心配してくれているのだ。

 お仕事だし、わたしは山本さんのアシスタントなんだから、当たり前のことだとはわかっているけれど。


 それでも、気にかけてもらえるのは嬉しい。


「一応、なんとかやってますけど。ちょっとこの辺りのことが怪しいです」


 せっかくだから、あとでまとめて聞こうと思っていた疑問点を話す。

 どれどれ、と、画面を覗き込みかけた山本さんは、次の瞬間、はっと何かに気づいたように姿勢を戻した。


「いけないいけない、今は休憩だった。一旦仕事の話はお休み。後にしよう」


 自分はいつも根詰めて作業しているくせに。その態度につい笑ってしまう。


「山本さんのほうは、順調ですか?」


 なんとなく、そう聞いてみる。


「え……うーん、どうだろ」


 山本さんはそう言って悩ましそうな表情をする。

 やっぱり山本さんは山本さんで、大変なんだ。当たり前なんだけど。


 でも、わたしには何もできないんだろなって思うとすごく歯がゆかった。


「あ、そうだ。休憩中でしたね」

「そうそう。今は休憩しよ」


 そう言って笑い合って、難しいことはとりあえず今は一旦保留にする。そうすることしかできなかった。


 だけど。


「あの、そういえば」


 よせばいいのに、わざわざわたしは聞いてしまう。


「江藤さんて人と、その後、どうなったんですか?」

「えっ」


 すると山本さんは。


「あ! もうこんな時間! 仕事に戻りましょう。その話はまた今度ってことで」


 そんなことを言って逃げ出してしまう。

 さっと自席に戻って、またパソコンに向かって作業を再開してしまった。


 ……やっぱり、わたしなんかには、そういうこと、話したくないのかな。


 そう思うと、悲しくなる。

 ただでさえ、山本さんが他の人とデートをしているっていうだけで、胸が張り裂けそうなのに。


 でも、そんなことで悲しんでいる場合じゃない。

 今はなんとか、やれることをやらなきゃいけない。


 わたしも自分のパソコンに向き合い直す。

 任されているマニュアル作成のほうをがんばらないと。


 ええと、どこまでやったっけ。

 わたしのよわよわなメンタルは、一度何かを気になり出すとすぐに集中力を奪われてしまう。


 ああ、そうだ。

 山本さんに聞かないといけないことがあるんだった。


 さっき休憩時間のときに聞けなかったことを思い出して、声をかけに行く。


「あの……山本さん」

「は、はい!?」


 後ろから声をかけると、山本さんは妙に動揺しているような様子だった。

 

 もしかして、山本さんもさっきのことを引きずっているのかなって思ったけど、違った。


 チラリと見えたパソコンの画面。

 それを見て、山本さんが何に悩んでいるのか、わかってしまった。


「山本さん……これ、なんですか?」

「ええと……その」


 そこに映し出されていたのは、とんでもないものだった。

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