第71話
顔が熱い。心臓がうるさくて。
息が、できなくなった。
「……円城寺、さん……?」
私は、やっとのことで言葉を発する。
「……近くって、その」
どういう意味かなんて、そんなの、わかりきっているのに。
全くわからないけど、経験なんかないけど、わかる。
わからないふりを、していただけだ。
円城寺が、私に何を求めているのか、とか。
付き合うってことの意味とか。
自分自身の、この胸の奥で澱んでいる感情とか、衝動とか。
それは、恥ずかしすぎて、切なすぎて、認めたくないもので。
なぜだか私の目からも、涙が溢れそうになってしまう。
「わたしも……よくわからないんです。山本さんのことが好きだけど、でも、どうしたいとか、どうしたらいいとか、何もわからなくて……。ごめんなさい、こんなこと言われても、困りますよね……迷惑ばっかりかけて、本当ごめんなさい」
こんなふうに喋る円城寺が、寝ぼけているはずがないのだ。
「そんな……迷惑なわけじゃ……」
こんなとき、きっと、そうしてあげたらいいんだろうな、っていう答えは頭の中にぼんやりとは浮かぶけれど。
でも。
手を伸ばせばすぐに触れられそうな距離に円城寺がいるのに、私はなにもしてやることができない。
緊張して、まったく身体が動かなかった。
お互いに何も言えないまま、沈黙が続いて。
……その時間は、まるで永遠にも感じられた。
結局、その沈黙をやぶったのは、円城寺のほうだった。
「山本さんは、江藤さんと、付き合ってるんですよね」
涙声でそう訊いてくる。
「え……?」
「水族館デート、したんですよね?」
正確には、その後にも動物園で会っているわけだけど。そんなことはこの際どうでもいいだろう。
「お家にも、行ったんですよね? それってもう付き合ってるってことですよね……?」
「は? 私はそんなこと一言も……」
「え、だって、いっぱい歩いて疲れたから、すぐ家にって……。山本さんが」
円城寺は涙声のまま、なんだか怒っているようだった。
「そ、それは、自分の家に帰ったってことですよ! そ、そんな、親しくもない人の家に行ったりなんかしないです!」
「へえ……酔っ払ってわたしの家に来たの、忘れちゃったんですか? それともわたしはもう、親しいって認定でいいんですか?」
「そ、それは……」
円城寺は、さっきまでの涙はどこに行ったのか、急に饒舌になってそんなふうに言い始める。
私は思わず体勢を変えて、円城寺のほうを向く。
「と、とにかく! 私と江藤さんはなんでもないです」
「本当ですかー? じゃあさっきの返信してたのはなんだったんですか」
「それは……いや、その……告白の返事を……」
「告白!? なんでもなくないじゃないですか!」
ベッドで隣に寝たままこんな会話をしてるの、冷静に考えるとなんだか変な感じで。ちょっとおかしくなって、笑ってしまう。
「ちょっ、ちょっと、何笑ってるんですか!?」
そんな円城寺を見て、私は。
……ああ、そうか、そうなんだ。
「いや、その……円城寺さん、可愛いなって」
いつになく素直な言葉を、発してみる。
それは自分でも、不思議な感覚だった。
「え、えええ! ダメです、ずるいです、それ!」
円城寺は顔を覆ってじたばたする。そのせいでセミダブルベッドがいちいち波打って、私の方まで揺れるんだけど。
「江藤さんからの告白は、さっきちゃんとお断りしました。だから……」
もぞ、と、身体を動かす。
これは、悪いことなのかな、なんて思うけど。
円城寺の髪の毛が、ふわりと香る。
「こうしても、ずるくはない、でしょうか……?」
腕を、背中に、まわして。
目の前のその人を、ぎゅっと、包み込む。
見た目以上にやわらかなその身体は、多分、きっと。
私がずっと求めていたもの、だったようだった。
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