第69話

「……風邪、引きますよ」


 思わずボソボソとそんなことを言いながら、私は円城寺に布団を掛け直す。

 一瞬触れた円城寺の肩がなんとなく冷えている気がして、エアコンの設定温度も少しだけ上げる。


 これで暑がってまた布団を蹴っちゃったら意味ないけど。


 ……しかし、私は何をこんなに心配しているんだ?


 乳幼児の世話をしているお母さんじゃないんだから。


 あるいは、デリケートな飼い犬の世話をしている人、とか。


 どちらにしても、私の対応はどうしようもなく過保護だった。

 ほんと、なにをやっているんだろうって思いながら、もう用なんかないのにそこを離れられずにいた。


 円城寺の寝顔が目に入る。

 そんな、他人の寝顔なんてじろじろ見たら失礼だなんて思いつつも、その愛らしい光景は、見ずにいられるわけがない。


 くるんとカールしたまつ毛、あんまり綺麗だから、てっきりつけまつ毛かなんかだと思ってたんだけど、お風呂に入った後でもこうなんだから、自前だったんだろうか。


 ……こんな可愛い女の子が、私のことを『好き』だなんて。


 さっきの告白が、脳内に蘇ってくる。

 

 いや、そんなの、何かの間違いだって。そう自分自身に言い聞かせる。


 でも思い出してしまえば、恥ずかしいくらい、顔が熱くなって。

 身体全体が、熱を帯びてくるような、変な感覚に襲われる。


 それは、前に、江藤に告白された時とは全然違うもので。

 あのときは、ただびっくりして、恥ずかしくて混乱していただけだったけど。


 今は、どうしてなんだろう。

 胸が、ドキドキする。息ができなくなる。


 『好き』って、なんなんだろう。

 円城寺のそれは、このあいだ江藤が言ったみたいに、『付き合ってほしい』という意味なんだろうか。


 そもそも『付き合う』ってなんだろう。

 理屈っぽい私は、そもそもの定義からして気になってしまう。


 ……本当に、これからどうしたらいいんだろう。


 そんなことを考えながら、寝顔を見つめてしまっていた、そのときだった。


「んんっ……山本さんっ……」

「えっ、な、なにっ」


 円城寺がもぞもぞと動いて、寝返りを打つ。

 なんのことはない、ただの寝言なのだけど。


 名前を呼ばれたものだから、つい返事をしてしまって。


 そのせいで、なんということだろう。


 円城寺は、目を覚ましてしまった。


「あれ、山本さん?」


 円城寺はそのくりっとした目をしっかり開いて、こちらを見ている。


「ええと……やっぱり、ベッド、使います?」

「いや……ええと……私は」

「山本さんのベッドなんだし、せっかく広いし、一緒にお布団入りましょうよ」


 寝ぼけているのか、円城寺はそんなことを言う。


 確かに、うちのベッドはセミダブルだから、女子二人なら一緒に寝られる広さだけど。

 それに、リビングのソファーよりはベッドの方が、二人だとしても足を伸ばせるわけだし、それはかなり魅力的な提案ではあるのだけれど。


 だけど。


 ……さすがに、まずいだろう。

 ついさっき、告白してきた子と一緒に眠る、なんて。


 そう思うのに。


「円城寺さんがいいなら、いいですけど……」


 私の口から出てきたのは、思いもよらない言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る