第68話
時刻は午後四時で閉園の時間になっていた。
夏真っ只中の今は、日が長いから、まだちっとも日が落ちる気配がなくて。
辺りはまだあまりそんな雰囲気ではないけれど、私たちは夕食の場所に向かった。
江藤はしっかりレストランも候補を見つけてくれていていた。
チーズが好きだと言ったら、チーズフォンデュが食べれるお店を予約してくれて、すっごく美味しくて、私はついついテンションが上がってしまうのだけど。
ほんの少しだけ、胸の奥がモヤモヤするのはなぜなんだろう。
チーズはとても美味しかったけれど、いつぞや円城寺と飲んだときみたいなことがあってはならないから、一応ワインとかは頼まず、アルコールは控えめにしておいた。
お店を出た後は、景色の良い場所を軽く散歩して。
その頃には昼間よりも気温が下がっていたし、お腹もいっぱいになっていたから、さっきよりは随分と気が楽だった。
それで、頭に余裕ができてきたからなんだろうか。
ふと、あれ、これはドラマとか漫画なんかでみたことがあるシーンだな、なんて思う。
……もしかして、まさか、これが良い雰囲気というやつなのか?
少し会話が途切れて。そんな冗談みたいなことを頭に思い浮かべた途端、江藤が口を開く。
「あの……山本さん」
「はい」
「もし、よかったらなんですけど……」
もじもじと言いにくそうにして、だけど、こちらをしっかり真っ直ぐに見て、江藤は言った。
「僕と、付き合ってくれませんか?」
その瞬間、頭の中が沸騰して、何も考えられなくなる。
なんだって?
思わず、聞き間違いなのかと思う。
いや、いや、いや。
そりゃ、今まで、そういうコンテンツは摂取したことがあるし、私も良い大人なんだから、これしきのことで動揺するなんてこと、したくないのだけど。
だけど、身体は全く動かなくなって。声すら、うまくでなくて。
そんな私を見て、江藤は。
「す、すみません。さすがに急すぎましたよね……。とりあえず、今日はもう帰りましょうか。……ありがとうございましたっ!」
そう言って、その日は解散することになったのだった。
その後は、江藤からは音沙汰がなかった。
一応交際を申し込まれたというのに、どう返事をすればいいのかもわからなくて、こちらからも何も連絡ができなくて。
申し訳ないと思っているうちに何日も過ぎて、ペーパーレス対応に追われるうちに、今日になってしまった。
それで、先ほど、円城寺が『好きです』なんて言ったあと、よりによってそんなタイミングで江藤から連絡が来たのだ。
それは、先日の告白に対する返事の催促だった。
ただでさえ円城寺にあんなことを言われて混乱しているときだったから、慌ててしまって、話の途中で返信をしてしまって、円城寺にも本当に悪いことをしたと思っている。
だけど、私はどうしてもそれを先に、片付けてしまいたかったのだ。
なぜだかわからないけれど、そうしなければいけないと思ったのだった。
*
ソファーの上で寝返りを打つ。肘掛け部分の固いところに軽く頭をぶつけて、やっぱりここは寝づらいと思った。円城寺にベッドを譲ってしまったけど、よく考えたら私が家主なんだから、譲らなくてもよかったかもしれない、なんてちょっと思ってしまわなくもない。
ああ、もうダメだ。眠れない。眠れるはずがない。
一旦、起き上がる。お手洗いにでも行ってこよう。
用を足してその帰りに、廊下からちらっと寝室を覗いてみる。円城寺はぐっすり眠っているようだったけど、寝苦しかったのか、布団が避けられていた。
部屋には冷房をかけていたし、着ている部屋着は薄い生地のものだし、このままじゃ風邪を引きそうで心配だ。
そんな言い訳じみたことを思って、私は円城寺が寝ている寝室に入った。
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