第67話

 江藤との次の待ち合わせ場所は、都心から少し離れた場所にある動物園だった。

 調べたら、リスがたくさんいることで有名なところで、都内で人気のデートスポットらしい。


 正直、私はそこまで動物が好きではないのだけど、せっかくいろいろデートコースを調べてくれたのだし、それに私がまた江藤に会おうと決めたのは、自分を変えるためでもあるのだから、あまり馴染みのないものにもチャレンジしてみるべきだろう。


 そんなことを思って迎えた当日。


「来ていただいて、ありがとうございます!」


 会うなり、江藤はそう言って笑う。さわやかにそう対応してもらえると、こちらも悪い気はしない。


「あ、こちらこそ。よろしくお願いします」


 このあいだの水族館のときのように、園内をなんとなく順路にしたがって見てまわる。前回よりは緊張はそこまでだけれど、それでも慣れない相手との会話は気を遣う。


 夏だから、ジリジリと射す日差しが痛く、暑さでなんとなく頭がぼーっとしてくるような気もする。


 だけど、あるキーワードを聞いた瞬間、私の脳は急に活性化してしまう。


 江藤が動物を見ながらあくびをしているのが見えたので、つい『寝不足なんですか?』なんて訊いてしまったら、『すみません、失礼しました……実はそうなんです。最近残業続きで』なんて答えてきて。


「今、会社が、ペーパーレス対応で大変なんですよ。電子帳簿保存法とかなんとかで」


 そんなことを言うものだから。


「うちもです! もうほんとに大変ですよね! うちなんかほとんど紙管理なもんだから……」


 そんな愚痴が、ついついこぼれ出てしまう。

 もう、どんどん溢れてしまう。


 聞けば、江藤の会社は小売業向けのシステムを作っている会社らしいのだけど、IT企業のくせに、自社のペーパーレス対応がうまくいっていないらしい。

 取引先が紙管理の文化だからというのもあるらしいけど、IT系の会社でもそうなんだと思うと、なんとなく親近感が湧いてきてしまう。


 その後は、動物を横目に歩きながら、ついつい電帳法とペーパーレス対応の愚痴で盛り上がった。

 もちろん、会社の話だから、守秘義務とかそういうことには気を遣いつつではあるのだけど、他社の人とそういう話ができるのはなんだか嬉しかった。


「ああ、うちの会社にも山本さんみたいな人がいてくれたら、助かるのになぁ……」


 江藤はそんなことを言う。


「もしよかったら、考えてみません? 普段はあんまり残業多くないし、エンジニアさんの待遇は業界の中でも悪くないほうだと思うので」


 ……あれ、もしかしてこれは、引き抜き、というやつか?


 胸がどくん、と鳴る。そういう提案をされるのは初めてだった。


「あとで詳しい条件とか送るので。興味があったらぜひ!」


 そう言われて、ついつい心が動きかける。正直、興味がないわけではなかったから。

 それに、こっそり聞いてしまった給与も、当たり前だけど、うちの会社よりは遥かに良くて。


 ……だけど。


 なんだろう、この、後ろ髪を引く、何か。


 今の会社に対する愛着というのでもない。何か、なんてわからないふりなんかできないくらい、それは、はっきりしていた。


「ああ、こういうとき動物見てると、やっぱり癒されますねえ……」


 江藤はそう言いながら、私とは反対側のケージの中のほうに目を向ける。


 いつのまにか、リス園のコーナーだった。


 ちょろちょろ動き回って、美味しそうに餌を食べる、くりっとした目の可愛い生き物。


 その尻尾を見れば、否が応でも思い出してしまうのだった。

 茶色のくるんとした、いい香りのする彼女の髪を。



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