第75話


 呼ばれて斎藤さんの席まで行って、開かれていた書類管理ツールの画面を覗き込む。


「ここ、こういう挙動なんだよね。テスト項目にはなかったけど、偶然見つけたから、一応確認しといてくれるかな」

「はい、今見てみます!」


 見てみると確かに、ツールが想定とは違う動きをしていた。おかしいな、先週チェックしたときには、こうじゃなかったのに。


 そう思いながら、ソースをチェックする。

 ここ半年くらい、山本さんと一緒にやってきたから、VBAのコードを見て、簡単なものなら大体どんなことが書いてあるのか、わかるようになってきた。


 わたしも成長したもんだ。なんて自画自賛しながら、問題の箇所を探す。そこは山本さんが担当していた場所だった。とっても長いコードだけど、山本さんは処理ごとに細かくコメントを入れてくれているから、どこで何が行われているのか、わかりやすかった。


 なんの気なしに、ちらりと、隣を見る。

 山本さんは相変わらず、朝のままちょっと赤い顔をして作業をしている。


 一つ一つ確認して、おかしくなっている場所を見つけたから、そこを修正しようと試みるんだけど。……あれ。なぜかうまくいかない。


 格闘しているうちに、気づけば定時だった。  隣の山本さんをチラッと見る。山本さんは、やっぱりまだ顔が赤い。


 あれ、これ、もしかして……。


「あの、山本さん」

「え、は、はい!?」


 話しかけると、すごくびっくりしたというように、身体をのけぞらせる。やっぱり様子がおかしかった。


「……体調、悪いですよね? 今日」

「……え? いや、そんなことは」

「ちょっと、失礼します」


 わたしは立ち上がる。

 気まずいとか、そういうことは、すっかり忘れて。


 山本さんのおでこに、手を当てる。ほら、やっぱり。


「ほら、やっぱり……すごい熱ですよ! 早く帰って休んでください! ……ていうか、一人で帰れます? 家まで送りましょうか?」

「だ、大丈夫です。……いや、やっぱり、帰ります。ごめんなさい。一人で帰れるんで、その、それは、大丈夫です」


 そう言う山本さんの目は潤んでいて。いかにもお熱がある人の顔だった。


「わたし、川島さんと一緒に残業する予定なんで、もし先にやることあったら、わたし、やります」


 そう言って、山本さんのしている作業も巻きとって。


「山本さん、ほんとに、ゆっくり休んでくださいね」

「……はい」

「約束ですよ」


 無理やり手をとって、指切りした。山本さんはされるがままで、ああ本当に具合が悪いんだなって、わかった。


「お疲れ様です……お先に失礼します」


 もうフラフラの山本さんを見送って、わたしはリーダーの川島さんのところへ行く。


「……そういうわけなんで、残業します。すみません」


 わたしたちの様子をしっかり見ていた川島さんは、苦笑いして言う。


「円城寺さん、まるで山本さんの……」

「……なんです?」

「いや、なんでもない。……さて、じゃあ、残業しますか!」


 川島さんは何か言いかけて、結局やめてしまったけど。

 その言葉の続きを想像してしまいそうになるけれど、今はやめておこう。


 そんなこんなで、わたしの残業が始まったのだった。

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