第74話

 目が、しぱしぱする。昨日が日曜日でよかった。

 昨日の朝、山本さんの家をあとにしてから、そのあとの記憶があまりない。


 一日中、泣いていたことだけは覚えている。だけど結局、月曜の今日にまで目のダメージが残ってしまったのだから、結局腫れた目で出社することには変わりないのだけど。


 ……気まずい。


 ここ数ヶ月で、出社したくないなんて思ったこと、全然なかった。


 山本さんと一緒に仕事をするのが本当に楽しくて、たとえお仕事そのもので難しい作業があったとしても、他のひとたちに怒られたりしても、それでも山本さんがいたから、頑張ってこれた。


 だけど、あんなことになってしまって。


 酔った勢いに任せて告白したわたしが悪い。そのせいで山本さんを困らせてしまって、それで結局、こんなふうに気まずくなってしまうなら、何も言わなければよかったのに。


 でもそんなことをいつまでも考えていても仕方がないから、わたしは腫れた目を冷やしながらなんとか出社する。


「おはようございます!」


 オフィスに一歩入れば、いつものわたしだ。元気いっぱい挨拶をして、席についた。でも、あれ? 始業の5分前なのに、山本さんはまだ来ていない。


 珍しいな、どうしたんだろう、と思っていると、始業のチャイムが鳴って。それと同時に、山本さんが駆け込んできた。


「おっ、おはようございますっ!」


 大慌てで来たから、綺麗なストレートヘアはボサボサになっていて、息も切らしていて。頬も心なしか、赤かった。


「山本さん、大丈夫ですか……?」


 思わずそう声をかける。


「え、は、はい? 大丈夫です心配には及びません、遅くなってすみません」


 つい敬語になってしまっている山本さん。ちょっと他人行儀な感じがして寂しいと思うと同時に、なんだか可愛い、なんて思ってしまって。


 わたしは、精一杯の笑顔を作って言う。


「大丈夫です、山本さん。……ギリギリ、セーフですよ!」


 わたしがそう言うと、山本さんもつられて笑う。


「……そうですね。よし」


 髪をさっと整えて、いつものように端末を立ち上げながら伸びをして。


「今日も、がんばりましょう」


 そう言って、こちらを見て微笑んでくれたから、なんだが大丈夫だなって気がした。このときまでは。



 *


 さっそく始める、いつもの仕事。暑気払いの前にひと段落したペーパーレス対応は、もう最終段階というところ。


 山本さんと一緒につくってきた書類管理のツールは、あとはユーザーテストを残すのみで。同時並行でわたしが作っている新しい業務マニュアルも、テストのクリアとともに、表に出されることになる。


 今日は情報システム課のメンバーも経理課のほうにやってきて、最終チェックを手伝ってくれている。


「円城寺さん、ちょっといいかな?」


 情報システム課の斎藤さんが声をかけてくる。この人は確かあれだ。暑気払いのときに、山本さんと長々と話し込んでいた男の人だ。わたしはそういうのはちゃんと覚えているんだ。……いや、今はそうじゃなくて。


「山本さん、今、手が離せなさそうだから、ちょっと見てもらいたいんだけど、これ」

「ええと、わたしでわかることなら……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る