第89話

「あの、円城寺さん。……宴もたけなわのところ、なんなんですけど」

「あ、はい」


 ご機嫌で飲んでいると、山本さんはそんな会社の飲み会のようなノリで話し出す。


「ちょっと、酔っ払う前に、お話ししたいことがありまして」


 山本さんは少し頬を赤らめてそう言うけど。それがお酒のせいなのか、なんのせいなのか、わからなかった。だけど、見れば山本さんのワインはほとんど減っていなくて。


 だからこのお話のために、セーブしてくれていたんだなってことがわかった。


 山本さんは、真面目な顔でわたしのほうを見つめてきた。


 だから、わたしも。


 山本さんの目を、まっすぐに見つめ返す。


「円城寺さん……その、この間の、お話、なんですけど」


 ひとつひとつ、ぽつり、ぽつりと、話し出す。


「私を、好きだと言ってくれたお話は、まだ、有効ですか……?」


 山本さんの目は、こころなしか、潤んでいて。


「……はい」


 だから、わたしの視界も、ついつられて、ぼやけてしまう。


「円城寺さん。私も……円城寺さんのことが好きです。好きに、なっちゃいました」


 すごく苦しそうに、しぼりだすようにそう言う。


「円城寺さん……私の恋人になってくれませんか?」


 愛しくて、たまらなくて。だから、わたしは、はっきりと答える。


「はい。喜んで!」


 その先の言葉なんて、もう、蛇足だった。





 *




「……円城寺さん」

「はい」


 山本さんがもぞもぞ、と動く。


「いい加減、苦しいです」


 わたしの腕の中で。


「……そろそろ、離してください」

「いやです。あとちょっとだけ」

「……もう」


 山本さんはため息をつきながら、わたしを身体をむりやり引き剥がす。

 告白のお返事に感極まってしまったわたしは、ついその流れで山本さんに抱きついてしまっていたのだった。


「このままじゃ……できないでしょ」


 え、何が。とか、思っていると、すべすべの柔らかい手が、頬に触れる。


「キス、してもいいですか」


 はい、って。言う前に。


 ちょん、と、蝶が止まったかのように優しく、わたしの頬に触れるものがあった。


「えっ……」


 どうしよう、すごく、恥ずかしいんだけど。


「……こっちじゃ、ないんですか」


 今度はわたしが、山本さんの頬に触れて。


 ふわふわの唇に、口づけた。


 顔が、すごく熱くて。


 山本さんの顔も真っ赤で。


 ワインとチーズのまりあーじゅ、みたいに。


 頭の中は、とろけてしまいそうで。


 だからもう、これ以上この夜に、お酒はいらないのだった。

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