第90話
目が覚めるとそこは、知らない天井……なんかではなくて、いつものよく知っている天井だった。
だけどよく知っている、でもこの家ではまだ聞き慣れない声が、耳元でささやいてくる。
「おはようございます、朝ですよ」
驚いてそちらを見れば、円城寺がいた。
いつものぱっちりおめめに、くるんとしたカールの髪。お化粧もばっちりで。
「朝ごはん、できてますよ」
「え、朝ごはん……?」
「えへへ……勝手に作っちゃいました」
飛び起きてリビングに向かうと、しっかり和風の朝ご飯が用意されている。
「山本さん、勝手にごはん派かと思ったんですけど、合ってました?」
「うん。私はどっちでもいい派……」
寝ぼけながらそんなやりとりをする。
なんだこれは、まるで夢みたいだと思っていると、隙あり、と、頬にキスされた。
「ちょ、円城寺さんっ」
「ふふふふ」
円城寺は完全に楽しんでいる。
「ねえ、山本さん」
円城寺はわたしの目を見て、言う。
「わたしのこと、名前で呼んでみない?」
子犬のような愛くるしい瞳で。
「え、ちょっと円城寺さん……それは……まだ……」
「莉乃、って呼んでくださいね? 明美さん?」
「……っっ……!」
ああ、もう、顔が熱くてたまらない。
「わたしはもう、明美さん専属、ですからね?」
円城寺がそう言って、にっこり笑うものだから。
私は耳元で、ささやく。お望みの言葉を。
そして驚いて真っ赤に染まった顔をつかまえて。
その唇に、そっと触れてやる。
すると円城寺は、ふにゃふにゃとその場に座り込んでしまった。
……本当にまったく、仕方ない、この女は。
子犬のような目をした、つい昨日、私の恋人に就任したばかりの、この女は。
この可愛いゆるふわ女子は、まだまだちっとも、仕事ができないのだった。
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