第40話

 円城寺に案内されて到着したスイーツのお店は、予想通り外装も内装もおしゃれな雰囲気で、平日の夜だっていうのに、主に女性のお客さんたちで賑わっていた。


「ちょうど今週からレモンスイーツ祭りが始まったところで。ゴールデンウィークの前に来たいなーって思ってたんですよね」

「円城寺さん、もしかして、自分が食べたかっただけ?」

「えー、わたし、最初からそう言いませんでしたっけ?」


 円城寺はごきげんそうだ。


「山本さんと一緒に食べたかったんですもん」


 そんなことを無邪気な笑顔で言ってくるものだから、このあいだに引き続き、どう反応すればいいかわからなくなる。


 案内されたのは店内の奥の方の席で、ちょうど壁側の一番隅だったから、なんだか落ち着いてしまった。


 私は迷わず例のレアチーズケーキを注文、飲み物は紅茶を選ぶ。

 円城寺も紅茶と、スイーツはレアチーズケーキじゃなくて、ふわふわのスポンジ生地のレモンケーキを選んでいた。


「わたし、最近酸っぱいものが恋しくて……! レモンケーキ、楽しみだなぁ」

「酸っぱいものって……まさか妊娠とか」

「ちょ、ちょっと、山本さん! 何言ってるんですか!? セクハラですよー」


 そんなことを言って笑う。


「もうー、妊娠とかそんな、相手もいないのに」

「……こないだ、デートだったんじゃなかったっけ」


 しまった。ついうっかり、このあいだの給湯室で聞いた情報がそのまま口から出てしまった。


「山本さんも知ってたんですかー?」


 思わず焦ってしまったけど、円城寺は気にしていない様子で笑って言う。


「別にそんな、まだ付き合うとかそういうのじゃないですよ。ただご飯食べに行っただけだし……」


 ……『まだ』、ね。


 それはつまり、これから先はそんな展開もありうるというわけだ。妊娠しちゃうかもしれないような、付き合っちゃうとかいうような展開が。


 ……って私は何を考えているんだ。こんなの本当にセクハラじゃないか。


 そんな言葉の端が引っかかるなんて、思ってもみなくて。


 なぜだかわからないけど、気づけば、そのデートの相手がどんな人なのかとか、デートで何を食べたのかとか、そんな話を聞いてしまっていた。


 せっかくのレアチーズケーキの味も、よくわからなくなってしまうくらいに。


「なんだ、山本さんもふつうに、そういう話、興味あるんじゃないですかー」


 円城寺はこっちの気も知らず、ケーキを食べながら、ニコニコ顔でそんなことを言う。


「結局、山本さんって、どういう人が好みなんですか?」

「好みって……そういうのは、本当に興味ないんだってば」


 慌てて否定する。

 どういう人が好みとか、そういうのは全くわからない。

 だって今までで一度も、誰かとそういう展開なんて、ないんだし。


「ほんとに、ときめいたり、誰かにドキドキしたりとかも、一度も? なにもないんですか?」

「……別に、それは……なくはないけど」


 ああ、私は一体何を言っているんだろう。

 本当になぜなのかわからないけれど、円城寺に聞かれると、いらないことばかり、うっかりしゃべってしまう。


「やっぱり! どんな人ですか?」

「うーん、円城寺さんには言いたくないな……」

「えー、ケチぃー」


 あれが、ときめいた、に入るかどうかはわからない。

 『ない』って断言すればよかったんだろうけど。


 でも、ないと断言できなかったのは、それが既に私の頭の中で大きく膨らんでしまっていることの証だ。


 だから、円城寺にだけは、言うわけにはいかないのだ。

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