第33話
「美味しいチーズとワインのお店、近くにありますよ!」
事前に用意してきた誘惑の言葉に、山本さんは間髪入れずに『行く』と答えてきた。さすが、チーズ好き。
わたしの誘いだからじゃなくて、単にチーズが食べたいからついてきてくれるだけなんだということはわかっているんだけど。そうなるとわたしとしてはなんだか、チーズにさえ、嫉妬してしまいそうになる。
もう、どれだけヤキモチ妬きなんだろう、わたしは。
一緒に行ったのは、ちょっと暗めの照明が付いている、デートに良さそうな雰囲気のお店。もちろん、『チーズ お店 デート』みたいな感じで検索して出てきたところだ。
うーん、デート、なんてちゃっかり使ってしまって、わたしは少しテンションが上がり過ぎているかもしれない。だけどこんな雰囲気のいいお店で、ご機嫌の山本さんを見ていると、『おまえ、やるじゃん』って、目の前のチーズの盛り合わせを褒めてあげたくなる。
豪華なチーズたちを前に、二人でワインで乾杯した。チーズの他にもサラミとかオリーブとか色々食べつつ、赤ワインとチーズを楽しんで。
「このチーズ、本当美味しいですね」
「うん……幸せ」
山本さんはワインのせいなのか、とろけたような表情をしていて。こんな表情、みたことない。
なんだかいけないものを見ているような、そんな気になってくるんだけど。何がいけないのかは、よくわからない。
「いろんな種類があるんですね」
「そうそう。円城寺さんはどれが好き?」
「わたしは、このオレンジのかなぁー。全部美味しいですけど!」
「オレンジのやつは、ミモレットだね。フランスのチーズだよ」
「そうなんですね! じゃあ、このちょっと粉っぽいやつは?」
「それは、パルミジャーノ・レッジャーノだね。リゾットに入れると最高」
山本さんはさすがチーズ好きだけあって、普段では考えられないほど饒舌だった。
チーズにまつわる蘊蓄を聞きつつ、山本さんが昔チーズの個人輸入していた話とか、最近はスーパーでもおつまみサイズのスライスチーズが売っていて嬉しいとか、そういう話をとっても楽しそうにしていて。
わたしもそんな山本さんの姿を見ているのが楽しくて、そしてチーズが美味しすぎて、ワインもどんどん進んじゃって。
だから、気づいた時にはもう遅かった。
山本さんはワインの飲み過ぎで、完全に酔っ払ってしまっていた。
「円城寺さーーん、次の店行くよーー! チーズもっと食べよーーー」
ふらふらの足取りでお店を出た途端、わたしの肩にもたれかかってくるから、そのまま肩を抱いて駅へと向かう。
確かに、いざというときはわたしの家にいけばいいとか、お持ち帰りとか、思っていたけど。
いざ、こんなふうになると、困惑してしまう。
「山本さん、ダメですよ。こんなに酔っ払っちゃってるんですから、今日はもう終わりにしましょ。おうち帰りますよ!」
この状態で歩かせて、うっかり駅のホームから落ちたりでもしたら大変だし。そんな言い訳じみたことを思いながら、わたしは駅前でタクシーを拾って、山本さんと一緒に乗り込む。
そして、そのままわたしの自宅へと向かった。
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