第23話

「山本さん、大丈夫ですか?」


 円城寺が私の顔を心配そうに覗き込む。そこで、ハッと我に帰った。

 居眠りをしていたわけではないと思うけど、寝不足の頭で考え事をしていたせいで、少しぼーっとしてしまっていたようだった。


「最近忙しそうですよね……何か私にできること、ないですか?」

「うーん」


 私は頭を抱える。


 実際、猫の手も借りたいほど忙しかった。

 毎日、経理課の壊れかけのツールの面倒も見ながら、円城寺の仕事のフォローもしながら、さらに情報システム課の開発会議にも呼ばれる日々なのだ。


 情報システム課の連中は、定時後にも平気で打ち合わせを入れてくるから、結局、毎日残業をするはめになる。そういうわけで私は、かなり疲労を抱えているのも事実だった。


 だけど正直、私の仕事を円城寺に振るというのはかなり厳しいものがある。

 まず経理課の業務にしたって、事務用ツールに使っているExcelの VBAのコードは読み書きできないと話にならないし。


 円城寺はバグを見つけるのは上手だけど、修正をするのは私しかできないから、いまのところ仕事は積まれていく一方なのだ。


 私はため息をつく。

 少しだけ悩んだけど、円城寺のきらきらした目を見ていたら、ちょっとだけ信頼してみよう、なんて気になってみたりして。


 私は疲れているのだろうか。


「結構、きついと思うけど。……やってくれる?」

「わたしにできることなら、なんでもします! 山本さんが少しでも楽になるなら……」


 円城寺はまっすぐに私の目を見つめて、そう言う。


 そうか、それなら。


 頭の中で浮かんだのは、あのときの円城寺の言葉。

 『わたしもプログラミングができたら……』なんてそんなことを。


 となるともう、やることは一つしかなかった。

 

 私はすぐに、リーダーの川島さんのところへ行く。


「川島さん」

「あれ、山本さん、どうしたの?」

「相談なんですけど。円城寺さんを、私のアシスタント専任にしてもらうことってできませんか?」

「え、どうして?」

「今、円城寺さんって、二つの部署掛け持ちじゃないですか。指示系統も混乱するし、それから私のほうも手が足りないので、もう少し手伝ってもらえると嬉しいんですけど……」


 すると、川島さんはとても嬉しそうに言う。


「確かに、今のままだとみんなやりにくそうですもんね。僕も薄々気づいてはいたんだけど、山本さんがそう言ってくれるなら、そうしましょうか。一応、木村さんたちにも聞いてみるけど、多分良いって言うと思いますよ」


 やはり、円城寺のことを厄介払いをしたくてたまらないという様子だ。好都合だった。


 その後、木村さんも交えて相談した結果、円城寺は私の専属アシスタントになった。


「山本さん、円城寺さんをよろしくね。……がんばって」


 送り出す木村さんもやっぱり嬉しそうで。もう、円城寺はどれだけ疎まれているのだろうかと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る