第22話

 あのコピー機の事件から、円城寺の今後の行末についてが、心の隅に引っ掛かるようになって、それがなんだか心地悪かった。


 私は他人のことなんてどうでもいいはずなのに。だけど子犬のように私を慕ってくる円城寺が、仕事ができないながらも一生懸命努力しているひたむきな姿に、心を動かされてしまうのも事実だった。


 だけど、円城寺のために、特別に何かをしようなんて気持ちは、さらさらなかった。

 そんな特別扱い、私がしてやる義理なんてないわけだし。

 

 ペーパーレス化で職が危うくなりそうなのは、なにも円城寺だけではない。

 紙の書類が前提の業務フローに慣れきった、頭の固い社員なんて、この会社には大勢いるわけで。そんなものにいちいち心を向けていたら、きりがない。


 それに、いくら円城寺が可愛いからって、それで特別扱いなんてしたら、私はあのセクハラ男共と同類になってしまう。それだけはなんとしても避けたい。


 ……あれ、私、今、何を考えた? 円城寺のことを、か、可愛いなんて……いや、そんなこと、思ってないし。断じて違う。これはそういうんじゃない。


 そう自分に言い聞かせながら、私はなんとか業務に集中しようと試みる。


 そんなときだった。


「山本さん、ちょっといいかな? 課長に呼ばれてるんだけど」


 川島さんが声をかけてきたので、一緒に移動する。会議室に向かうと、課長の他に情報システム課のメンバーが集まっていた。


「山本さんにお願いしたいことがあるんだ」


 集まっている面々をみると、本当に嫌な予感しかしなかったけど、その予感は当たっていた。


 うちの会社は今、店舗での売上や仕入などの帳簿は各店舗でそれぞれ管理をしていて、店舗によってExcelのフォーマットが違うどころか、なかには全てを紙管理しているお店もあるらしい。


 特に顧客管理なんかはかなり適当で、店舗で商品を購入した顧客に、その商品に応じたダイレクトメールを送っているらしいんだけど、それぞれの顧客の購入日だとか、商品の型番だとかを紙でしか管理していないから、メーカーのキャンペーンがあるたびに、いちいち店員が紙のファイルを目視確認しなければならないらしい。


 いやいやいや、今どきそんなことをやっているなんて本当に驚く。原始人なのか?


「そういうわけで、つまり」

「顧客管理のシステムを、作れと?」

「そういうことです。そこで、ぜひ、山本さんの手を借りたい」


 情報システム課の課長は淡々とそう言う。


「なんで私が?」

「山本さんは、元エンジニアだと聞いてます。……恥ずかしながら、うちの課の社員は開発経験があまりない者が多くて。普段は外注が多いもので」

「だったら、今回も外注したらいいんじゃないですか?」


 私は精一杯、そう反論する。だって、開発なんて、絶対嫌だ。

 前職みたいな地獄の経験をしたくないからこそ、今回はフツーの事務職をわざわざ選んだって言うのに、なにが悲しくてまたシステム開発なんかしなきゃならないんだ。


 そもそもうちはただのメガネの小売なわけで、いくらシンプルな仕様のものとはいえ、IT企業でもないのに自前のシステムを作ろうなんてどうかしてる。


「なんかIT関係の知り合いに聞いたら、顧客管理システムくらいならAccessのVBAとかでもできるって聞いたからさ。山本さん、VBAなら今も使ってるし、得意でしょ?」


 なんだそれ。絶対嫌だ。私はこれ以上残業したくない。私はさっさと定時退社して、ふかふかお布団で眠りたいんだ。


 そう固い意志を持って対抗するのだけど。


「うちの会社に予算がないの、山本さんもよく知ってるでしょう? もちろん、山本さんも情シスのエンジニア職と同じ給与テーブルにしてもらうから」


 そう言われると、ぐぐっと心が揺らぐ。経理課にいるから、うちの会社の事務職とエンジニア職の給与がどれくらい違うのか、その差はよくわかっている。

 

「あの、でも、私には経理課のペーパーレス対応もあるんですけど……」

「ああ、それなんだけどね……」


 そこで課長が口にしたのは交換条件、だった。

 顧客管理システム開発の手伝いを私がする。その代わりに、ペーパーレス化対応や経理事務用の新ツールの開発も情報システム課が主になって一緒に行う、というのだ。


 そう言われたら、仕方ない。いくら簡単な事務用ツールとはいえ、経理課で一人きりで仕事をまわすより、少しでも知識のある情報システム課の社員が協力してくれるなら、それは心強いに決まっている。


 そういうわけで、私は課長たちの思惑通り、情報システム課とタッグを組んで一緒に開発チームに参加することになってしまったのだった。

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