第21話

 それからしばらく経ったある日のこと。

 オフィスの端にあるコピー機のコーナーのあたりから、木村さんの不機嫌そうな声が聞こえてきた。

 ちらりとそちらを窺えば、やはりそこには、コピー機の前で泣きそうな顔をしている円城寺がいた。


「ほんとに、なんでこんなこともできないの? そんなんだから、給料泥棒とか言われるんだよ!」

「すみません……」

「あんた、ほんとにやる気あるの? いつも周りに色目ばっかり使ってるみたいだけど、会社は男漁る場所じゃないんだからね!」


 どんどんヒートアップしていく木村さんの言葉は、いつにも増してキツくて。

 円城寺がどんなミスをやらかしたのかわからないけど、それはあまりにも聞くに耐えないものだった。


 私は思わず、立ち上がる。

 別に、円城寺が可哀想だから助けようとか、そんな個人的な感情で動いているわけじゃない。

 

 ただ、うちの大事なアシスタントをそんなところで足止めされると、こっちの業務に差し障るから。ただそれだけだ。


 そんなことを思いながらも、真っ直ぐにコピー機の前に向かった私は、ガラにもなく木村さんに抗議していた。


「ちょっと。そういう言い方はないんじゃないですか?」

「え、山本さん……」


 私の珍しい態度に、木村さんは驚いた様子だった。


「さすがに言い過ぎですよ。確かに円城寺さんは仕事全然できないですけど。それでも去年に比べたら少しは成長してるわけで。……あと、こっちの仕事もたまってるんで、悪いんですけど、円城寺さんこっちに渡してくれると助かります」


 淡々とそう告げると、木村さんは少し冷静さを取り戻したようだった。


「山本さんがそう言うなら、別にいいけど。……じゃあ、もう、円城寺は山本さんのアシスタント専任になったら?」


 木村さんはそう言い捨てると、自席へ戻っていった。


 あとには、円城寺と私だけが残された。


「……大丈夫?」

「あ、ありがとうございます……。でも、私が悪いんです。コピー機の使い方もまともに覚えられないから」


 円城寺は、しょんぼりとした様子で下を向く。

 ご主人様に怒られた犬が尻尾を垂らすみたいに、円城寺のくるんとした後れ毛が下に流れる。


 まったく、子犬みたいに可愛いからって許されると思うなよ。

 そんな思いとは裏腹に、私の言葉は円城寺をフォローし始める。


「……仕方ないよ。ここのコピー機、ちょっとやり方特殊だし」

「そうなんですか」

「まあでも、別に覚えなくていいんじゃない? そのうち、うちの部署もペーパーレスになる予定だし」


 一応そのために私は、こうして働いているわけで。


「そうなんですか」

「そ。ああ、電子帳簿保存法って知……らないか」

「知らないです。すみません不勉強で」

「いや、私もこないだまで知らなかったけど。最近、法改正があってね。それに対応するために、書類は基本的にデータで保存しないといけなくなるんだ」

「……もしかして、そうなると、私の仕事、なくなっちゃいます?」


 円城寺はそう返す。

 意外と頭の回転が速くて驚いた。


 確かに、言うとおりなのだ。最近は私のアシスタントもしているとはいえ、パソコン仕事が苦手な円城寺の今の仕事は、請求書なんかのファイリングとか、紙書類の整理がメインだから。

 ペーパーレス化が進んだ時には、真っ先に人員整理の対象になってもおかしくはない。


 それは時代の流れだから仕方ないし、それに適応できないほうが悪いとも思うけれど。

 本当は馬鹿なわけではない円城寺が、一生懸命努力してショートカットキーを一晩で覚えてきたような子が、たまたま教わる機会がなかっただけかもしれないのに、このままいつかクビになるかもしれないなんて思うと、なんだか胸が締め付けられるような思いがする。


「どうしよう……私も山本さんみたいにプログラミングが出来る人なら、よかったなぁ」


 そんなことを言って、またしょんぼりとした表情を浮かべる円城寺を、見ているのが辛い。

 そんな顔をさせてしまっている張本人は、円城寺の仕事を無くしてしまう方向に動いているのは、この私だっていうのに。


「まあ、すぐに仕事がなくなると決まったわけじゃないし。今からスキルアップとかさ、がんばればいいんじゃない?」


 私はそう気休めを言うことしかできないのだった。

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