第59話
経理課の月末はとにかく忙しい。
みんなのお給料とか、社会保険料とかの計算もしないといけないし、請求書は月末支払いのものが多いから、チェックが大変なのだ。
それに加えて、今はペーパーレス対応のための入力業務なんかもたくさんあって。
そういうわけで、経理課のみんなは、わたしも含めて、毎日おめめをショボショボさせながら、Excelとにらめっこの日々を過ごしていた。
正直、わたしはこういう作業はすごく苦手で。いや、だからって別にほかの作業が得意というわけでもないんだけど。
今までよりもタイピングスピードも上がってミスも減ったって、木村さんや山本さんからも褒めてもらえてはいるけれど、それでも他のみんなよりは随分作業が遅くって、やっぱりまだまだ足を引っ張っているような気がする。
今日もそんな不安な気持ちで作業をしていたら、リーダーの川島さんから声をかけられた。
呼ばれて席まで行くと山本さんもいて、二人して何やら相談しているところだった。
「円城寺さん。ごめんね、急に。ちょっと聞きたいんだけど……」
二人が見ていたのは、経理課で使用している共有フォルダの中身だった。
「前から思ってたんだけど、これ、使いにくいよね……? どこに何が入ってるか、わかりにくくない?」
「あ……山本さんもそう思ってたんですね。てっきりわたしが馬鹿だから覚えられないんだとばかり……」
「そんなわけないでしょーが。……そもそも円城寺さん、馬鹿じゃないし。……でもごめん、もっと早く聞いておけばよかったね」
山本さんはそう言って申し訳なさそうにする。別に山本さんが悪いわけじゃないのに。
でも確かに言われてみれば、同時の作業で使うファイルが全然違う場所のフォルダに入っていたり、『〇〇一覧のコピーのコピーのコピー.xls』みたいなファイルがたくさんあって、使いにくいのは間違いないと思う。
「円城寺さん、川島さんと一緒にフォルダの整理、手伝ってもらってもいいかな? 円城寺さんなら、木村さんたちの使ってるファイルのことも、なんとなくわかるでしょ?」
山本さんはそう言うけれど、本当にわたしなんかがやっても大丈夫なんだろうか。すごく不安になるけど。
「一応、こっちのほうでもダブルチェックするから、ひとまず要らなそうなファイルとか、何の作業で使うものかとか、リストにしといてもらえると助かる」
「了解です!」
そんなふうに頼られるのは、やっぱり嬉しくて。
ちょっと前まで抱いていた、モヤモヤした感情も、急に爽やかな気持ちに変換されていく気がする。わたしって、本当に単純だ。
そんなやる気に燃えているところへ、川島さんがさらにいい情報をくれた。
「この戦いが終わったら、暑気払いがあるから、がんばろうね」
「暑気払い?」
「あ、円城寺さん、初めてなんだっけ。毎年盆休み前に、みんなでビアガーデンに行くイベントがあるんだよ。バーベキューもできるし、楽しいよ」
「わあ、最高ですね!!」
もう、そんなこと言われたら、ますますモチベーションが上がる。
本当に不思議なんだけど。
今までは完全にプライベート優先、定時ダッシュしかしなかったわたしが、こんなふうに会社のみんなと一緒のイベントを心から楽しみにしてしまうなんて。
それがなぜかなんて、考えるまでもなく明らかで。
もはや『好き』だと認識してしまっているその人のほうを、その真面目な横顔を、ちらりと見てしまうのだけど。
「ん? 円城寺さん、大丈夫? なんか落ち着かなそうに見えるけど……」
その瞬間、こちらを振り向かれてしまって。
「え、いや、その、なんでもないです!!」
本心を見透かされているようで恥ずかしくて、わたしは思わず目を逸らしてしまうのだった。
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