第77話

 山本さんは次の日も会社に来なかった。

 

 だけど山本さんが来れないということは、そのぶん仕事が大変になるということで。


 本当はお見舞いにでも行きたかったけれど、バタバタするばかりでそんな暇もない。


 心配だけど、山本さんがいない分がんばらなきゃって思って、情報システム課の人たちと残業祭りをしていた。


「円城寺さん、大丈夫ですか?」


 斉藤さんが心配してくれる。


「ありがとうございます。……もう、水族館行く暇もなくて、やんなっちゃいますね」

「山本さんがいないと、やっぱり大変ですよね」

「いえ……がんばります!」


 なんだか悔しいので気合いを入れる。だけど、それだけじゃどうにもならないことも多くて。


 結局、会社を出るのはもう二十二時過ぎだった。


 さすがに遅いから悪いかなと思ったけど、山本さんに電話してみる。


「ご、ごめんなさい……。仕事のほう、今、どうなってますか? 大丈夫ですか?」


 電話に出るなり、山本さんは謝り出す。


「山本さんのほうこそ、体調大丈夫なんですか? ごはんちゃんと食べれてますか?」

「実は……もう三日くらい食べてなくて」

「えっ……ちょっと、待っててください」


 いてもたってもいられず、わたしはそのまま山本さんの家に向かうことにする。

 一秒でも惜しくて、帰り際にメイクを直すのも忘れて。


 途中でスーパーに寄って、適当に食材を買っていった。


「山本さん!」

「はい……」


 インターホンを鳴らすと、フラフラの山本さんが出てきた。


「とりあえず何か食べましょう!」


 そう言って、半ば強引に上がり込んだ。


 前に来た時は綺麗だった山本さんの部屋だけど、今日はゴミ袋がそのままになっていたり、飲みかけのペットボトルがその辺に置いてあったりして、大変なことになっていた。


「あ、あの……あんまり、見ないで……」


 山本さんは、お部屋が散らかっていることを恥ずかしがっているようだった。


「うう恥ずかしい……こんな失態を」

「具合悪いんだから仕方ないですよ。気にしないでください。……それに、山本さんの『失態』なんてもう見慣れてますから」


 そう言って、とりあえずソファーに座っていてもらう。


「熱、下がりました?」


 そう聞くと、うう……と目を逸らすので、わたしはまた山本さんのおでこに手を当てる。


「うーん……まだ、ちょっとあっついですね……」

「一応、病院は行ったんだ……。流行りの感染症とかじゃなくて、ただの風邪みたいだけど」

「それならよかった……」

「ほんとですね……すみません迷惑かけて」


 そんなに気にしなくてもいいのに。みんな具合悪くなった時は、お互い様だし。


「おかゆとか……食べれそうですか? なんか簡単なものなら作りますけど」

「いいんですか……っ!?」


 山本さんは瞳をうるうるさせて喜んでくれる。

 よーし、がんばるぞ。


 わたしはさっそくキッチンに立った。


 ソファーの背にもたれてぐったりしている山本さんを気にしつつ、お鍋にお米とお水を入れて煮込んで。そのあいだに、買ってきた長ネギを刻む。


 ちょっと時間がかかっちゃうけど、お米から炊くほうが消化にいいって、前に何かで読んだことがある気がする。


 お粥が炊き上がったら、溶き卵をくわえて、蒸してふわふわにして。卵がゆの完成!


「ふぅ……おいしい……おいしいです……っ」


 山本さんはすごく嬉しそうに食べてくれる。ああ、食べられてよかった。


「こういうとき、1人だと大変ですね、ほんと」

「わかりますー」


 一人暮らしで具合悪くなるって不安なものだから。


「……だから、山本さんには……お嫁さんがいたらいいと思うんですよねー」

「えっ」

「なんて……冗談です」


 そう言って笑う。


「じゃあ、そろそろわたしは帰りますね」


 もうすぐ、終電の時間だった。


「え……帰っちゃうんですか?」

「帰りますよー。山本さんは病人なんだから、食べたらちゃんと寝てくださいね。仕事のことなんて考えちゃダメですよ」


 ……弱ってるところに付け込むなんて、しないもん。


「ゆっくり休んでくださいね」


 そう言って、わたしは山本さんの家をあとにしたのだった。

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