第48話

 朝からちょっとドキッとしたりもしたけど、その後仕事は問題なく終わった。新ツールのテストもドキドキしたけど、山本さんと一緒にみんなに使い方の説明をして、木村さんにも「これ、いいね」「助かる」って褒めてもらえた。


 木村さんにはいつも迷惑をかけてばっかりだったから、わたしたちの作ったツールがこれから役に立つと思うと、なんだか嬉しくなる。ちょっとはお返しができるといいなって。


「円城寺さん、よかったね」


 ツールのテストが終わって席に戻る前に、木村さんに話しかけられた。


「山本さんのアシスタント、結構楽しくやってるみたいだから。前よりも生き生きして見えるよ」

「え、そうですか?」


 自分としてはいっぱいいっぱいで頑張っていたけれど、そんなふうに見えていたんだ、と、びっくりした。


「前はガミガミ言ってばかりで、ごめんね。適材適所って言葉があるもんね、円城寺さんにはきっと、今の仕事が向いてるんじゃないかな」


 そう言って、木村さんは笑う。


「……ありがとうございます!」


 なんだかちょっとだけ、涙が出そうになってしまったのだった。



 *



 そんなこんなで、終業時間を迎えた。


 よし、このあとは待ちに待ったスイーツデートだ。わたしは山本さんの手をとる。もう逃げられたりなんかはしないと思うけど、それでもやっぱり、こうしてないと山本さんは、ふらふら帰ってしまいそうだから。


「早く行きましょ! チーズケーキ!」


 そう元気一杯に言って、わたしたちは会社をあとにした。


 山本さんを連れて、約束していたお店へ向かう。さすが、期間限定のレモンスイーツ祭りが始まったところというだけあって、店内はお仕事帰りと思われる女の子たちでいっぱいだった。


 少し待った後に席に通された席は、壁際の一番奥の落ち着くところだったから、なんだか嬉しくなってしまう。


 山本さんとメニューを見ながら悩んで、ふわふわのレモンケーキを注文した。もうテンションは上がる一方。


 こういうお店はやっぱり、女の子同士で来るのが楽しいよね、なんて、近くの席でキャッキャしている子達を見ながら、ふと思う。


「わたし、最近酸っぱいものが恋しくて……! レモンケーキ、楽しみだなぁ」


 わたしが浮かれていると、山本さんが言う。


「酸っぱいものって……まさか妊娠とか」

「ちょ、ちょっと、山本さん! 何言ってるんですか!? セクハラですよー」


 もう、本当に山本さんたら、突拍子もないことを言うもんだから、困惑してしまう。


「もうー、妊娠とかそんな、相手もいないのに」

「……こないだ、デートだったんじゃなかったっけ」

「山本さんも知ってたんですかー?」


 もう、せっかく忘れていたのに。このあいだ合コンで知り合った男の子とのデートのこと。


 あのときもカフェに行ったけど、今日の山本さんとのデートのほうが、何倍もワクワクしているのは明らかで。


 でも、だったら、男の子とわざわざデートしたり付き合ったりする意味って、あるんだろうか。


 そもそも、どうしてわたしは男の子との出会いを求めてたくさん合コンをしていたのだろう。そんなことを考えてちょっとわからなくなってきたところで、注文していたケーキと飲み物が到着した。


 山本さんにデートの話を訊かれて答えるのだけど、そんなことよりも気になることがある、わたしは。


「結局、山本さんって、どういう人が好みなんですか?」


 ついついまた、そんなことを訊いてしまう。


「好みって……そういうのは、本当に興味ないんだってば」


 山本さんはそう言ってかわそうとするけど、なんだかそれは本当じゃない気がして、さらに追及してしまう。


「ほんとに、ときめいたり、誰かにドキドキしたりとかも、一度も? なにもないんですか?」

「……別に、それは……なくはないけど」


 ほら、やっぱり。


「やっぱり! どんな人ですか?」

「うーん、円城寺さんには言いたくないな……」

「えー、ケチぃー」


 なんだか、悔しい。そう思っていると。


「円城寺さんは、どうなんですか」

「え……?」

「誰かを好きになったり、ドキドキしたり、したこと、あるんですか」


 お返しとばかりに、そんなことを訊いてくる。

 どうしてだか、胸の辺りが落ち着かない気持ちになる。


 ああ、もう、知らない。


「ドキドキする人、いますよ」

「さっきのデートの男の人?」

「ううん、その人じゃないですけど……」


 別に、これは違う。そんなんじゃないと、思う。だけど。


「山本さんには、内緒です」


 意地っ張りなわたしはまだ、それをそれとは、認めたくないのだった。



 

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