初めてのふわふわ温泉旅行(14)
翌日起きると、知らない天井がそこにあった。あれ、私はどこにいるんだろう……なんて寝ぼけ眼で思って、起き上がる。隣で眠っている莉乃を見て、思い出した。
ああ、そうだ、私たちは温泉旅行に来ていたんだった。
起きて場所がわからなくて混乱するのは、旅行の日あるあるだよな、と思う。特に私はずいぶんと熟睡してしまったようだったから、なおさらだった。多分、昨日はいろいろ歩き回ったり温泉に入ったりして体力を使ったからなんだろうな、と思う。
隣の莉乃も、まだ起きる様子がない。すやすや寝息を立てている彼女の横顔を眺める。ツインルームにしたのに、なぜ同じベッドにいるのか疑問に思ったけど、それに気づいたらちょっと恥ずかしくなってしまったので、あまり深く考えないことにする。普段すっぴん姿すら見せるのを嫌がる彼女だけど、こんなに可愛い寝顔を見ることができるのは、おそらく恋人の特権というやつだろう。
しばらく眺めていたら、莉乃が目を覚ました。
「ふわぁ……あ、明美さん、おはよう……朝ごはん、何時だっけ」
「おはよう。確か8時じゃなかったかな。今7時半だからそろそろ支度しようか」
「はーい」
莉乃は起きた瞬間からご機嫌だった。起きるのが私より遅いとはいえ、寝起きがいいのは羨ましい。洗面所を交互に使って着替えて支度をして、一緒にホテル内のレストランに向かった。朝食はよくあるバイキング形式だったけど、おかずにこの土地の名産品などが使われたりしていて、それだけでも充分楽しめた。
朝食後は早速、出かけることにした。昨日は温泉街の中で終わってしまったけれど、今日は中心部から少し離れたところにある大きな公園や有名な神社を巡り、それからその近くの温泉に入る、という計画を立てていた。
目的地に向かって歩く。今日はかなり寒いのもあって、道はあまり人が多くなかったから、私たちは迷わず手をつないで歩いた。昨日も手はつないでいたけれど、やはり人目のないところのほうが安心感がある。
「公園って言うけど、結構山道だね」
「明美さん……それは都会に甘やかされすぎ! こんなの全然山道じゃないですよ!?」
「ええー」
そんな話をしながら歩く。そうだ、確か莉乃の出身の地域は結構な田舎で山も近くにあると言っていた。莉乃の実家か、と思うと、ちょっと行ってみたいなと思ってしまったけれど、そのあとにイメージしてしまったことがなんだか恥ずかしくなってしまって、その考えは頭から消し去ることにした。
……実家にごあいさつ、だなんて。気が早すぎる。
気を取り直して歩き続けると、なぜか鬼の絵の書いてある石があって、そこを越えると公園らしき開かれた場所に辿りついた。
「なんだか落ち着くなぁ……」
莉乃はそう言う。やはり自然が多い場所というのは落ち着くらしい。私も山には馴染みがあるわけじゃないけど、なんとなく癒される気持ちはわかる。
そのまま歩いて近くにある神社に参拝する。私は特に信仰心があるというほどじゃないけど、とりあえずありがたそうなものには手を合わせておこうと思う。
「そういえば、ここ、縁結びで有名らしいんですよ」
莉乃は事前に調べて知ったみたいで、そんなことを言う。
「明美さんといつまでも一緒にいられますように」
手を合わせながら、そう声に出して莉乃は言う。そんな姿をみていると愛しくてたまらなくなって。
調子のいい私は、いるのか定かではない神様に、やはり同じことを願ってしまうのだった。いつもよりそれはそれは、念入りに。
神社に寄る頃には、さっきよりもずいぶんと空気が冷えて来ていた。寒くてついつい、互いに身体を寄せ合うようにして歩いてしまう。いつもよりもほんの少しだけ近い距離になって、ドキドキしてしまう。
震えながら歩くうちに、ちょうど温泉施設に着いたので、早速身体を温めることにした。身体を洗って露天風呂に向かうのだけど、昨日よりも大きいお風呂に驚いた。それに、小さいけれど山の中ということもあって、すぐそばに自然を感じながら入れるというのは気分が良い。
「あったかい……」
「気持ちいいね」
例によって外気温がかなり冷たくて、雪でも降るんじゃないかというくらいだったから、熱いお湯とのギャップですごく気持ちが良い。
「……明美さん」
「ん?」
「今日は、恥ずかしがらないんですね。……もう慣れちゃった?」
そう言うと莉乃はお湯の中の私の足に触れてくる。指でつーっと足先から膝の辺りまで、わざわざ、くすぐったくなるような触り方で。
「ちょ、っと……だめ……っ」
こんな公衆の面前で、また。
……と思ったけど、ものすごく寒い外気温のためか、このお風呂にいるのは、現在私と莉乃の二人きりだ。そんなうまいことあるわけない、と思うのだけど、そうなのだった。
じゃあ、と、思う。
恥ずかしいけど、まあいいかな、と。
「莉乃」
私は浴槽の隅っこに寄る。一応、念の為。
それから愛しい人の名前を呼ぶ。そして。
声につられてそばに寄って来た彼女の唇に、そっと口付けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます