2. ゆるふわと合コン
第11話
金曜日。「華金」なんて言葉は、私には関係がない。この日も私は、ツールの修正と円城寺への指導に明け暮れていた。
それにしてもこのツール、どれだけバグが見つかるのだろう。さすがに嫌になる。思わず川島さんに愚痴ると、ため息交じりに言われた。
「前任者の方、もう辞めちゃったんだけど、山本さんみたいにエンジニア出身とかじゃなくて、無理やり短期間で覚えて作ってもらってたんだよね」
「なるほど、だからこんなに欠陥だらけなんですね」
確かに、業務フローが変わるたびに無理やり付け加えたとみえる、つぎはぎだらけのコードがそれを物語っている。しかしあまりに疲れていたせいか、そのとき私は、うっかり口を滑らせてしまった。
「これならいっそ新しく作った方が……」
「本当!? じゃあぜひ作って! 頼むよ!」
川島さんは目をキラキラさせて言う。
……ああ、やってしまった。
どうして私は、こう、余計なことを。
こうして、思わずいらないことを言ってしまったせいで、私はみんなの業務用ツールをリニューアルすることになってしまったのだった。
「山本さん、ペーパーレスのほうの対応もあって大変だろうけど、がんばってね。期待してるからね!」
川島さんのそんな激励にも、私はため息をつくしかないのだった。
はあ、憂鬱だ。川島さんや木村さんとミーティングして、ツールの機能の棚卸しをしたり、調べ物をしたりしている間に、あっという間に定時になってしまう。
ただでさえ、ペーパーレス化対応だってあるのに、嫌になる。
ちなみに、ペーパーレス化対応というのは、2022年1月から施行の電子帳簿保存法改正への対応だ。
電子帳簿保存法っていうのは、簡単にいえば、会社の書類を電子データで保存するときのルールを定めた法律で、請求書とか決算書とか、主に私たち経理課に関わる書類が対象になっている。
詳しいことは私も今勉強中なのだけど、2年間の宥恕措置が終わる2024年までには、電子取引されたデータはすべて電子保存する体制をととのえなければいけないらしい。
そういうわけで、専門のシステムも入れず、すべてを印刷して紙管理しているうちの会社は、今更になって大慌てしているということなのだった。
ため息を吐きつつ、またいつものように残業すればいいや、と作業を続けていると、隣の席からまた、肩を突っついてくる女がいた。
「山本さん、山本さん」
「え、何? また何か変なことやった?」
申し訳ないけど、ついつい円城寺が何かやらかしていないか確認するのが、最近の習慣になっていた。
「今日は何もやってないです! そうじゃなくて、あの……帰らないんですか?」
子犬のような目でそんなことを言ってくる。確かに、私がまだ作業をしていたのでは、アシスタントの円城寺はさすがに帰りづらいのだろう。
「まだ色々やることあるから、残るよ。円城寺さんは先帰っていいですよ」
私がそう言うと、円城寺は急に真顔になって言った。
「山本さん。今日、ノー残業デーですよ」
あれ、そうだっけ。
会社カレンダーを見ると、今日は確かに月に一度のノー残業デー。という名のメンテナンス日で。多分情報システム課の人だけ、普通に作業しているはずだけど。
つまりは私たちは、端末の電源を落として、さっさと帰らねばならない日だ。
「え、忘れてた」
「もしかして、今日合コンってことも忘れてます?」
もちろん、そんなこ1ミリも覚えてやしなかった。
「……私、こんな服で来ちゃったけど」
仕事以外の予定なんてないつもりだったから、私は普通にスーツで来ていた。まあそもそも、合コンでどんな服を着ていくべきかなんて、私は知らないのだけど。
「山本さん、スーツ姿かっこいいから大丈夫ですよ!! たまには気分転換も必要ですから、行きましょう!!」
円城寺はそう言って、なぜか両手で私の手を握ってくる。
「ああ、もう、わかったから!」
端末の電源を落とし、席を立つのだけど、円城寺はなぜか手を離してくれない。
そのまま、無理矢理引っ張られるようにして、会社を後にするはめになったのだった。
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