第12話

 円城寺に腕を引っ張られるような形で、夜の街を歩く。会社の最寄り駅から電車で十五分ほどの大きな駅が合コンの会場の最寄り駅だった。


 普段私は、仕事帰りに寄るのは家の近くのスーパーくらいで、ほとんど家に直行する生活をしているから、こんなふうに寄り道すること自体、珍しい。ましてや、これから行く先は合コン、だなんて。


「楽しみですね~♪」


 語尾に音符の付いたようなテンションで笑う円城寺は、なぜか私の腕を取ったまま密着してきていて、私はそれを振り切ろうにも振り切れないという状況だった。歩くたびに円城寺の巻き髪が揺れて、それと一緒にふわり、といい匂いがする。


 香水だろうか。おしゃれに疎い私にはよくわからないけれど、花というか石鹸というか、いかにも女の子、という感じの香り。でもそれが、合コンのためにわざわざつけてきたものなのか、普段からしているものなのかはわからなかった。


 だって、円城寺とこんなふうに密着したことなんてないし。


 慣れない香りにどことなく落ち着かない気持ちになりながら、円城寺と会話をする。


「合コンっていうけど、どういう集まりなの?」


 アウェーな場所に行く以上、一応、事前に敵の情報は掴んでおかないといけないと思う。


紗香さやかちゃんの大学時代の友達が、職場の同期を連れてくるんだそうです。……よかった、山本さんもちょっとは興味、持ってくれてたんですね!」

「え? ああ、まあ」


 本当は合コンに来るような男への興味なんて、微塵もないけど。円城寺があまりに楽しそうに話すものだから、適当に合わせて相槌を打つしかなくなる。


「その人、K大なんですよ!すごいですよね!」

「白石さん、K大だったんだ」

「紗香ちゃんは違う大学だけど、K大のインカレに入っていたらしくて」

「へえ」


 あまり興味を惹かれない話題に、あくびが出そうになるけど。


「いい人いるといいですね!」

「う、うん。そうだね」


 正直、今すぐにでも家に帰りたい。だけど断りきれない自分が悪いのだから、仕方ない。ここは場慣れしている円城寺についていくしかないと思った。


 最寄り駅から十分ほど歩いたところで、合コン会場へ到着した。いわゆる隠れ家的なお店というやつで、少しわかりにくい通りにあって、自分1人ではおそらくたどり着けなかっただろう。建物の外壁は黒いタイルで覆われていて、小さな立て看板がひとつ置いてあるだけの、シンプルなところだった。

 

 こんなお店、ふだん全く来ることはないから、なんとなく気後れしてしまう。だけど、雰囲気からして、ここの料理は美味しいに違いないから、もはやそれを楽しみにこの場を乗り切ろうと思った。


 店のドアを開けて店内を見渡すと、奥のテーブルの集団の中に、見知った顔を見つけた。白石さんだった。


 目が合うなり大きく手を振ってくる白石さんの周りには、既に五人の知らない男の人たちが来ていて、他に白石さんの知り合いらしい女の人たちが二人並んでいた。つまり、私と円城寺が最後で、これで全員揃ったということのようだった。



「莉乃ちゃん、遅いよー。待ってたよ!」


 席に着くなり、一番奥に座っている男が、馴れ馴れしく円城寺を名前で呼ぶ。


「ごめんなさい、遅くなっちゃいました~。えー、名前、もう知ってるんですかぁ?」


 円城寺は円城寺でそんなこと気にもとめないようで、いやむしろ嬉しそうに、語尾にハートマークでも付いていそうな口調で話す。


「だってちょうど今、噂してたもんねー。あれ、そちらにいるのは会社の先輩?」

「……山本です。一応、円城寺さんとは同い年で、同僚です」

「そうなんだ……大人っぽく見えるから、つい」


 社歴は円城寺より私の方が1年ほど長いから、先輩だというのは間違ってないけど。


 年齢のわりに老けて見られるのは慣れっこだ。

 私は普段からほとんどおしゃれらしいおしゃれをしていないし、そもそも今日はいつもの地味な、就活生みたいな色のパンツスーツ姿なわけで、なおさら円城寺と同い年には見えないだろう。


 ただでさえ地味な顔面のせいで老けて見えるのに、服装はこんな感じだから別に大人の魅力というのがあるわけでもなく。よく年齢不詳だと言われるのはこういうところのせいだとわかっているけど、直す気もない。


 向こうも同い年というのは予想外だったようで、なんだか気まずそうだった。早くも微妙な空気を作ってしまった気がする。申し訳ないからこれ以降は気配を消して、私は空気に徹しようと心に決めた。

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