第25話
「山本さん! おはようございます!」
「あ、円城寺さん。おはようございます」
土日の休みを挟んで、ちょうど新年度。円城寺が私の専属アシスタントになって一日目。
土日明けだから相変わらず私の発声は陰気なひきこもり中学生みたいだし、円城寺のほうは朝の天気予報のお姉さん並みに滑舌がよくて元気だけど。
そのギャップにうんざりしそうになりそうなもんだけど、なんだか以前に比べたら、月曜日も悪くない。
「じゃあ早速だけど、簡単に説明するね」
新年度の朝礼を終えて、メールチェックと自分の作業の積み残しを整理したあとで、手持ち無沙汰になっている様子の円城寺のそばに寄る。
新年度だからといって席が離れるわけもないので、円城寺は相変わらず私の左隣にいる。この距離感だと簡単に様子が見れるから、ありがたい。
これから簡単に業務の説明をしていくわけだけど、プログラミングがなんなのかとか、VBAがなんなのかとか、最初から難しい概念の話をしてもよくわからないだろうから、まずはモノを見てもらおう。
そう思って、私は、普段うちの課のメンバーが使っているExcelツールのコピーファイルを円城寺に渡す。
「この、名前の後ろに『.xlsm』って付いているファイルね」
「この後ろのやつ、『拡張子』ってやつですね!」
「そうそう」
ちゃんと、前に教えたことも覚えている。えらい。
いやまあ、当たり前のことなんだけども。
初めに開いたのは、円城寺も業務で使ったことのあるツールで。なんのことはない、ただ特定のデータの入っているファイルを読み込んで、そこに載っているデータを並べ替えて表にして、データの集計をおこなうというようなもの。
先日、Excelのよく使う関数なんかは既に教えていて、サンプルファイルで練習させたりなんかもしていたから、今日はその応用というわけだ。
ちなみにそのサンプルファイルも、私が残業して、ネットに載っている初心者用の練習問題をいじって作ったものなんだけど。
もう残業は絶対したくないから、わざわざエンジニアじゃない職を選んだっていうのに、結局こんなことをしていて。
私は一体何をやっているのだろうと思うのだけど。
「さて、じゃあ、早速。Alt+F11を押して」
私は円城寺に指示を出す。VBE、Visual Basic Editorが立ち上がる。
表示された画面には、さっき見せた事務用ツールの内部でおこなわれている処理が書いてある。
「これがVBAの編集画面。ここにコードを書いていくんだ」
「コードって、この英語の部分ですか?」
「そうそう。……円城寺さん、英語、嫌い?」
「いえー。一応、英検準1級持ってるんで、多少ならわかりますよ~」
英検準1級は『多少わかる』くらいなのかどうなのか、というツッコミはこの際置いておこう。だけど、まさか円城寺が英語がわかるとは意外だった。
いや、バカにしていたわけじゃないけど。いや、ちょっとだけナメていたかもしれないけど。
ちなみに私はといえば、英語は大の苦手である。学生のときに英検は一応受けたけど、ぎりぎり2級に受かったくらいであって、本当に苦手だから履歴書にも書いたことはない。
と、とりあえず、それはともかく、解説を進めていこう。
「この『Sub』から『End Sub』までにあいだに、ツールを動かすための処理を書いてある。ここの『Range(“E5”)』っていうのはE5のセルを表してて……」
「あ、もしかして、ここの範囲にこの計算式が入るってことですか?」
「あ、うん……そうそう」
英語がわかるからなんだろうか、円城寺はなんだかやたらと理解が早い。
「なんだか数学みたいですね!」
そう言ってなぜかニコニコ笑う円城寺。
「……ん、もしかして、数学も……得意だった?」
「はい! 文系ですけど、数学は答えが一つに決まるから楽しくて! 一応センター試験でも100点取ったんですよ~」
ああもう、もう……。
私なんか高校3年間クソ真面目にガリ勉しても、数学なんかせいぜい良いときでギリギリ8割で。他の科目でカバーしてきたっていうのに……。
ついつい醜い嫉妬心が出てきてしまうけれど、ここは堪えて、話を進める。淡々とコードの基本的な説明をする。
そのあともツールの中身と実際の動きを行ったり来たりしながら、大体の雰囲気をつかんでもらった。
円城寺は始終楽しそうで、今までにないくらい生き生きしていて。
そんな姿を見ていたら、さっき生まれた醜い嫉妬心も、いつのまにか薄れていってしまうのだった。
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