第45話

 そういうわけで、山本さんの専属アシスタントになって一日目の今日は、ちょうど新年度のはじまりの日だった。


 少しでも山本さんの役に立てると思ったらなんだかわくわくして。でも本当にわたしなんかに、プログラミングなんてできるのだろうかと、不安な気持ちもたくさんあって。


 だけどやる気に燃えるわたしは、気合を入れて、いつもよりもちょっと早めに会社に来たのだった。


「じゃあ早速だけど、簡単に説明するね」


 朝礼が終わって、山本さんがわたしの席に寄ってきて、さっそく業務の説明をしてくれる。


 これからわたしは、ExcelのVBAというものを学んでいくのだ。他のプログラミング言語よりは取っ付きやすいと山本さんは言っていたけど、それでも不安は不安だ。


 山本さんが作っておいてくれたExcelのファイルを開くと、いつも木村さんたちと使っていたツールの画面が現れた。


 このファイルには、ボタンを押すことでデータを整理する「マクロ」っていう機能が設定されていて、そのマクロを動かすために、書く言語というのがVBAということになるらしい。


 この時点でなんだかごっちゃになりそうだけど、山本さんは実際にVBAがどんなふうに書かれているかを見せてくれて、一個ずつ説明を入れてくれた。


 VBAという言語は、よく見てみれば基本的に英単語が元になっていることがわかって、山本さんの説明がわかりやすいからか、説明されると思っていたよりも楽しい気持ちになる。


 元々英語とか数学は得意だったから、というのもあるかもしれない。


「そしたら、とりあえず、これ。私が作った練習問題だけど、やってみて」

「はい!」


 ひととおりの説明を終えると、山本さんは別のファイルをわたしに渡してくる。


 ……あれ、今、山本さん、『私が作った』って言った?


 もしかして、わたしのためだけに、わざわざ作ってくれたのだろうか。


 そんなことを思ってしまったら、ついついにやけてしまう。


 お仕事なんだし、山本さんにかかれば、こういう問題を作るなんて大した作業じゃないかもしれないし、そんな喜ぶようなことでもないのかもしれないけど。


 それでも問題を作る束の間だけでも、わたしのことを考えてくれていたとしたら、それは嬉しいなって、素直に思ってしまう。


 わたしはルンルン気分で、山本さんの作ってくれた練習問題をこなしていく。


「円城寺さん、ずいぶんご機嫌だね」


 左隣にいる川島さんが笑う。川島さんがそんなふうに話しかけてくるのは珍しいから、わたしはよほどニコニコしていたのだろう。


「新しい仕事、どう? 頑張れそう?」

「はい! すっごく楽しいです!」


 わたしは元気いっぱいに返事をする。


「ほお……どれどれ」


 わたしたちが会話をしていると、横からコーヒーを淹れてきたばかりの山本さんが、わたしのパソコンの画面を覗き込んだ。


「わっ、山本さんっ。びっくりした」

「楽しいなら、よかった」


 山本さんもそう言って笑ってくれるのだけど。


 次の瞬間、真面目なトーンで言った。


「でも、これ……全部間違ってる」


 その言葉を聞いたわたしも川島さんも、そして山本さんも。まるで一族が全員死に絶えたかのようなテンションで、ため息を吐くのだった。

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