第46話
「……ごめんなさい」
せっかくの山本さんの手作り問題に全問不正解という悲惨な結果を出して、わたしはすっかり落ち込んでしまっていたのだけど。
「あの、謝ることないから。これ、練習問題だし、間違えるためにあるようなもんだし」
山本さんはそう言って、フォローしてくれる。この時間にも、山本さんの時間を奪ってしまっていることが心苦しくて。でも、こんなふうに優しく丁寧に説明してくれることはすごく嬉しくて。
本当に、矛盾した思いだった。
「とりあえず。なんで間違っちゃったのか考えてみようか」
山本さんはそう言って、わたしのそばに椅子を持ってきて、一緒にパソコンの画面を覗き込む。
その瞬間、勢いで、揺れた山本さんの髪がわたしの肩に重なる。
ちょっとだけくすぐったくて動いてしまったら、山本さんは『あ、ごめん』と申し訳なさそうにしながら、髪をヘアゴムでくくってしまった。
なんだろう、ちょっと残念なような。まあ、サイドポニーの山本さんも素敵なんだけど。……って、わたしはさっきから邪念ばっかりな気がする。まあいいや。
そんな不埒なわたしの心中になんてまったく気づかない山本さんはちゃちゃっとキーボードを叩きながら、わたしに正解を見せてくれる。
それでやっとわたしも邪念を捨てて、山本さんの説明に集中する。なんだかんだ山本さんの説明はわかりやすいから、ちゃんと聞けばわたしのポンコツな頭でも理解することができるのだ。
そうして仕事に集中したわたしは、次の課題ではきちんと全問正解することができて、晴れて次のステップに進むことができたのだった。
*
山本さんが与えてくれた初歩的な課題をクリアしたあとは、わたしも少しずつ実務の方にも入るようになった。ひとまずは今まで通り、現行のツールのテストから始めて、同時に山本さんが今関わっている、顧客管理システムの開発会議にも参加することになった。
「多分何言ってるかわからないことが多いと思うけど、詳しいことはあとで説明するから参加して、メモとっておいて」
「はい」
そう言われて、お昼ごはんもそこそこに、情報システム課の人たちとの会議に参加する。
会議室の端っこのほうに、山本さんと並んで座った。
事前に予想していた通り、会議で話されている内容は、わたしにはやっぱり全然わからなくて。
頭上で交わされるよくわからない単語をよくわからないままにノートに書き留めて、なんとか話の流れに追いつこうとする。
山本さんたちは、みんな自分のパソコンでメモを取っているみたいだったけど、タイピングスピードの遅いわたしは、手書きのほうが早いから。だけど、いつかはわたしもあんなふうにカタカタと心地よいスピード感で入力してみたいなーと密かに思った。
「円城寺さん……大丈夫?」
会議が終わって、頭の中がすっかり炎上してしまっているわたしに、山本さんが声をかけてくれる。ああ、やっぱり優しい。
「一応、今の会議の話、整理しておこうか。 でもその前に……休憩室、行く?」
お昼休憩を十分とれなかったから、そのぶん今休憩する権利はあるはずだ、なんて言って。山本さんはわたしの背中を押す。
「コーヒー、甘いのがいいんだっけ?」
そう言って、自販機の前で、返事も待たずにわたしのための甘ーいコーヒーを買ってくれる。
もう、本当に、好きになっちゃったらどうするの。
そんな気持ちになんか、気づかないふりをして、わたしはそっと山本さんの手に触れる。
「ひゃっ」
びっくりしてそんな声をあげる山本さんの手に握らせたのは、なんのことはない、わたしがこっそり準備しておいた、チーズおかきだった。
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