第38話
「山本さん……本当にごめんなさい」
「あー……どうしようかな、これ」
円城寺が泣きそうな顔でこちらにやって来て、何かと思えばまあ、久しぶりにやらかしたのだった。
現在、円城寺と二人で作っている途中の、請求書作成ツールのテストをお願いしていたのだけど、その途中でなぜかツールのファイルを壊してしまったみたいで。
もちろんバックアップファイルはあるけれど、私もうっかりしていて、昨日の朝までの分しか取っていなくて、つまりは昨日と今日のまるまる二日分の私たちの仕事が消えてしまったという。
一応、この先に控えているユーザーテストの日までに時間はあるし、ユーザーといってもお客様じゃなくて、使うのはうちの課のいつものメンバーなわけだから、無理することはないんだけど。
たださすがに、もし予定がずれ込んだりすれば、また木村さんあたりがブチ切れるのが目に見えているし、そうなったときにまた円城寺が責められる可能性があるから、それはなんとか避けてあげたい。
「とりあえず、リーダーに残業してもいいか、相談してくる」
残業代の予算は限られているし、このご時世だから、勝手に残業は出来ない。特に、円城寺は今まで残業なんてしたことないだろうし、どうするかな。
「私、やっておくから。円城寺さんは、先に帰っていいよ」
「いえ、私も残ります!」
「私……結構、時間遅くまでやるけど」
「大丈夫です! 一緒にやらせてください!」
円城寺は一生懸命に、そう言う。
正直、ひとりで作業したほうが捗る部分もあるんだけど、今日はなんとなく、その言葉を受け入れたい気持ちだった。
「じゃあ、一緒に川島さんのとこに行こうか」
「はい!」
リーダーの川島さんに事情を話すと、残業代の予算のファイルをちらっと確認してから、OKの返事をくれた。
そして私たちが残業するのに合わせて、川島さんも残業をすることになった。これは、社員に勝手に残業をさせないための決まりで、リーダーは自分のチーム内のメンバーが残業するときは、一緒に残業をしなければならないのだ。
リーダー、なんて呼び方をしているけれど、川島さんのポジションは正確には、係長兼課長代理だ。そのへん、会社によっても違うだろうけど、うちの場合は課長代理からは、一定時間までの残業は、残業代が発生しない。
ちなみに、本当は経理課の中での業務としては、木村さんも係長と同じような立場なのだけど、残業代が出ないのはどうしても納得がいかない、と言って主任のままでいる。それは私も同意見だし、同じ理由で私も主任ということになっている。
だから川島さんにはいつも大変申し訳ないと思いつつ、残業する日を事前に相談して、川島さんにも残業代が出る遅い時間まで、まとめて作業する習慣ができていた。
川島さんとしても、同じ労働時間でもお給料が増えるからそのほうが嬉しいらしく『僕はどうせ家に帰ってもやることないから』なんて言いながら残ってくれるのだった。
「そんな仕組みあったなんて、知らなかったです……」
残業中、作業の合間にそんな話をしていると、円城寺はずいぶんとショックを受けたみたいだった。
「てっきり山本さんはいつも、一人で作業してるのかと。……まさか川島さんと仲良く二人きりで残業してたなんて……」
ん? 仲良く二人きりで?
……なんかこの子、妙なことを考えてやしないだろうか。
「やっぱり今度からわたしもちゃんと残りますね! そして今日は川島さんに残業代を渡さない勢いでがんばりましょう!」
そんなことを言い始めて。私はすっかり困惑してしまうのだった。
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