5. ゆるふわとふわふわスイーツ
第37話
円城寺が私の専属アシスタントになってから、約二週間。先月のあの忌まわしい合コンの記憶も少しずつ薄れてきて、私もようやく円城寺と普通に接することができるようになった。多分。
まだ四月の後半だっていうのに、世の中はすっかり暑くなってきた。だけど日によってまだ寒暖差が激しいから、衣服や空調の調整は難しい、そんな時期だ。
エアコンなんて当然まだまだ付けるのが許されないケチなこの会社のオフィスの空気は、安定しない気候のせいもあって、なんだかますます澱んできている気がする。
「山本さん、窓開けますねー?」
円城寺が窓を大きく開ける。もともと申し訳程度に少しだけ開いていたけれど、全開になった窓から一気に風が入ってくるとやはり気持ちいい。なんだか春っぽい香りもするし。
一応、窓際の私に気遣って声をかけてくれるのだが、よく考えたら私が気を利かせるべきだったな、と反省した。
「ありがとう。今日はちょっと暑いよね」
「ほんと、毎日、着る服とか悩んじゃいますよね」
円城寺はそう言って笑う。
そんなことを言うわりには、毎日ばっちり天気に合った服を着ている気がするけど。
今日の円城寺は、いつもよりちょっとだけ短めのスカートを履いて、少し透けている素材のブラウスを着ている。ブラウスは襟のところがリボンの形になっていて、可愛い。
なんというか、円城寺にすごく似合っているな、なんて思う。
しかし、なんだ私は。今までそんな、服になんか興味はなかったはずなのに。
多分、円城寺があんまり毎日可愛らしい格好をしてくるものだから、ついつい気になってしまうだけなんだけど。なんだか癪だった。
しかし、そろそろ暑くなってくるし、私も新しい夏服の一枚でも買おうかと思う。
別に円城寺みたいな格好をしたいわけではないけど、多少はちゃんとしたいという気持ちもなくはないのだ。
そんなどうでもいいことを考えながら仕事をしているあいだに、お昼になった。
今日も相変わらず、午後から円城寺に頼むぶんの作業の仕分けとか、そういうことをしたかったから、お行儀が悪いけど、自席で端末を開いたまま昼食を取ろうとしていたのだけど。
「あれ、円城寺さん、今日もランチ、外に行かないの?」
見れば円城寺も横でお弁当を広げ始めていた。
「あ、ええと、午前中に頼まれた作業がまだ終わってないので……」
「そっか。いや、そんな無理してするもんじゃないし、お昼くらいゆっくりしなよ」
いくら私が忙しいからって、アシスタントにお昼も取らせないで作業させるほど酷い先輩にはなりたくない。そう思って声をかけるけど。
「ありがとうございます。でも、山本さんも人のこと言えない、ですよ? ちゃんと休んでくださいね」
そんなふうに、結局こっちに気遣いをしてくる。
……もう、ほんと。そういうとこだぞ。
持ってきたお弁当を食べ終わって、片付けながら思う。
そういえば前に、チーズおかきを食事代わりにしている私に、ちゃんとしたものを食べるように言ってきたのも円城寺だったな、と。
その頃はあんまり意識していなかったけど、円城寺に健康を心配されたのがきっかけで、お弁当をちゃんと手作りするようになったというのはある。だから、円城寺にはいろいろ感謝すべきなんだよな、と。
……よし。
思いついて、立ち上がる。下の階にある自販機で、アイスコーヒーを二本買う。いつもは買わないけど、今日は特別だ。
自席まで戻ってくると、お昼を食べ終えた円城寺は、結局予想どおり作業を再開してしまっていた。
まだ休憩時間だってのに。
顔を上に向けたり下に向けたりするたびに、ふわふわした後ろ髪が揺れていて。なんだかそれを見ていたら、いたずら心が働きだした。
「そんなに根詰めてると、続かないよ」
後ろから、そっと近づいて。アイスコーヒーをほっぺたにつけてみる。
「ひゃっっ」
「これ、あげる。差し入れ」
「びっくりしたぁ……いいんですか? ありがとうございます!!」
甲高い声を一瞬上げて。コーヒーを受け取ると、円城寺は本当に嬉しそうにキラキラした目でそう言う。
あーあ、びっくりさせるつもりだったのに。
その声と、その顔に。ドキッとさせられたのは、結局こっちのほうなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます