第27話

 山本さんとわたしの出会いは、去年の五月。だいたい一年くらい前。


 色々あって新卒で入った会社を辞めてから半年くらいニート期間があったんだけど、そろそろ生活費もやばいし就職しなきゃ……と焦り始めた頃、たまたま見ていた求人情報の中に、いつもコンタクトレンズを買っていたメガネ屋さんの名前があって。


 経理のお仕事は初めてだったからできるか不安だったけど、ダメもとで受けてみたら受かってしまって。そこで配属された経理課で、山本さんに出会ったというわけだった。


 これでも学生時代に簿記二級まで取っていたから、多分そのおかげで通ったんだとは思うけど。

 だけど蓋を開けてみればあまりの仕事のできなさに、人事の人も経理課のみんなもびっくりしたに違いない。



 わたしは中学、高校と女子校で、特に進学校ってわけでもなかったから、学校の勉強で苦労したことはなくて。だからって調子に乗って、大学は憧れの都内の大学を思い切って受けてみたら、なんと全滅。


 定員割れして三次募集が行われていた地元の女子大に、なんとか入れてもらったのだった。


 入ったのは国際系の学科だったけど、そんなにレベルの高い大学ではなかったから、ここでも成績はかなり良いほうで。サークルも入っていなくて暇だったから、簿記とか英検とか、他にも色々とあるけど、資格をいっぱい取ることができた。


 そのおかげか就職先はそこそこ有名な都内の企業に決まり、わたしは念願の東京デビューを果たしたんだけど。


 ところが、入った会社で……ああ、もう。思い出したくもない。


 とにかく、そう、とっっっっっても嫌な目に遭ったわたしは、耐えきれずに会社を辞めてニートになり、そしてその半年後にやっと今の会社に入れたというわけなのだった。



 それで、この会社に入ってから半年後、のことだった。


「ええと、円城寺さん……? よろしくお願いします」

「はい! 山本さん、よろしくお願いします!」


 半年間の試用期間が終わるタイミングで、わたしの席が山本さんの隣になったのだ。


 難しいことはよくわからないけれど、わたしたち経理課の中で、山本さんだけはいつも他のみんなとは違う仕事をしている。


 わたしはいつも、木村さんや黒川さんと一緒に、請求書の処理をしているのだけど、その業務でわたしたちが使っているExcelのファイルを、なんだかよくわからないけど使いやすくしてくれているらしい。


 他に一緒の仕事をする人がいないからか、いつも忙しそうにみんなの間を行ったり来たりしつつ、パソコンの前で眉間に皺を寄せている。


 だから最初は、ちょっと怖い人なのかなって思っていたのだけど。実際は、全然そんなことはなかった。


「あの、山本さんて、それ好きなんですか? チーズおかき」

「え、あ、そのっ……これは……」


 あるとき、山本さんの机から飛び出していたチーズおかきを拾ったら、なぜかとっても恥ずかしそうにしていて。


 そのときわたしは、なんでだろう、すっごく可愛いなって思ってしまったのだ。


 別にうちの会社は、業務時間中にお菓子を食べることは禁止されていない。

 ママさんの渡辺さんは時短勤務だからおやつタイムをせずに帰ってしまうけど、木村さんは午後のおやつに備えてカントリーマアムを常備しているし、黒川さんは時間とか関係なく、常にひとくちサイズの羊羹を食べながら仕事している。


 課長と川島さんなんかはしょっちゅうタバコ休憩に出てしまうし。


 別に山本さんがチーズおかきを隠す必要はないのだけど。

 でも、そういえば山本さんが業務時間中にお菓子を食べているところは、これまで見たことがなかった。


 きっと真面目だから、デスクで食べるのに抵抗があるのかな、なんて思っていると、予想外の反応が返ってきた。

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