第8話

 翌週の月曜日。憂鬱な気分のまま会社に着くと、早速、川島さんが円城寺と一緒に私の側までやって来た。


「そういうわけで、山本さん。よろしくね」

「よろしくお願いします!」


 珍しく早く来ていた円城寺は、元気に挨拶してくる。長いくるんとした髪がふわふわと動く。まるで長毛種の犬みたいだ。


 くりくりした目は、何を考えているのか、落ち着きなく動いていて、新しい玩具を与えられた子犬みたいな顔をしている。


 ……うん、やっぱり、猫よりも厄介そうだ。


 もともと円城寺は隣の席だったから、席替えの必要はない。私は端末を起動させながら、簡単に自分の仕事の概要を説明して、円城寺に仕事を振る。


「じゃあ早速、お願いしたいんだけど」


 共有サーバの中にある、自分の名前のついたフォルダを開いて、中のファイルを見せる。円城寺は私の横から画面を覗き込んだ。


「いきなりだけど、修正中のツールのデバッグを頼みたいんだよね」

「デバッグってなんですか?」


 円城寺は素直に質問をしてくる。


「今みんなが使ってるExcelのツールあるでしょ? それがたまにエラーが出ることがあるんだけど、その原因をつきとめて、直してるんだ」

「え、修正ですか……!? わたしプログラミングとか全然わからないし、そもそもExcelの使い方もよくわかってないんですけど……」


 焦った様子でそんなことを言う。


「それはわかってる。だからまず、円城寺さんには、このリストのとおりにチェックしていって、どの操作をした時にエラーが出るのかを見つけてほしいんだ。そしたら私がその原因を探して、直していくから」


 円城寺がパソコン仕事が苦手なのはわかっている。だからまずは、細かく手順を定めて、マニュアル通りの作業をお願いすることにしようと思ったのだ。


「なるほど……間違い探し、みたいなものですか?」

「そうそう。まあそんな感じ。どう? できそう?」

「なんとか、がんばってみます!」

「ありがとう。じゃあ、ここにサンプルデータがあるから、マニュアル見て作業してね。大体、いつも円城寺さんがやってる仕事と同じ流れのはずだから」

「はい! わかりました!」


 円城寺が元気に返事をしてパソコンに向かってくれたので、ほっとする。マニュアルは先週末に残業して作ってあった。これで、実際、円城寺のスキル感がどうなのか把握するつもりだった。


 まあ、そんなことは試さなくても、大体わかってはいるんだけど。それでも一応、自分の目できちんと確認しておかないといけないと思うから。


 思ったよりも楽しそうに作業を始めた円城寺を横目で見つつ、私は自分の作業を進めた。




 円城寺に作業を依頼してから二時間ほどが経った。お昼休憩の前に声をかける。


「いま、どんな感じ?」

「……とりあえず、この部分まで終わりました!」


 元気にファイルを見せてくるが、その進捗のあまりの遅さに愕然とした。だけど、いきなり怒っても意味はないし、そもそもどうしてこんなに遅いのかを把握する必要があると思った。


「悪いんだけど、試しにここの作業ちょっとやってみてくれる?」

「はい!」


 作業指示を出すと、円城寺は元気に返事をして操作を始めた。


 作業の遅さの原因は三秒で判明した。円城寺はコピー&ペーストの際も、マウスのみを使っている。おそらくショートカットキーを覚えていないのだろう。それだから当たり前のように、ウインドウの切り替えのときにもいちいちマウスで行ったり来たりしているので、そのたびに視点があっちに行ったりこっちに行ったりと、なんだか大変そうだった。


 はぁ……もう、原始人かよ。


「円城寺さん、ショートカットキーってわかる?」

「……? なんですかそれは?」


 やっぱり思った通りだった。

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