第9話

 もしかしたら、円城寺の作業が遅い原因ってこれだったんじゃないだろうか。木村さんたちは気づかなかったのだろうか。


 確かに、新卒でもないのに、こんな初歩的なことができていないと思わなかったのかもしれないけど、でもいくらなんでも、この状態に気づかないということは信じられなかった。


 まさか、意図的に教えてやらなかった、なんてことはないと思いたいけど。余計なことに首を突っ込みたくはないから、真相は闇の中にしまっておくことにする。


「コピーがCtrl+C、それで貼り付けがCtrl+V。マウスでいちいち右クリックとかしなくても、こうすれば速い」


 私は円城寺のキーボードを操作して、簡単にデータのコピーと貼り付けをして見せた。


「あ、なんか聞いたことがあるような……こないだのCtrl+Zは戻る、でしたっけ」

「わかってるじゃん。だったら使わないと。作業効率が全然違うから」

「わたし、記憶力なくて……」

「使ってれば覚えるよ。……ちょっと待ってて」


 自分の端末の前に戻り、ネットで適当に検索をかける。よく使うショートカットキーのリストを拾ってきて、紙に印刷して渡してやった。


「すごい……いっぱいある」

「これ見て覚えて……そうだな、この列を、こっちの列に全部貼り付けてて。絶対ショートカットキー使ってね」


 この作業に特に意味はないけど、練習問題みたいなもんだ。多分、円城寺みたいなタイプは、頭を使わせるよりも、身体ににたたきこめば早いんじゃないかと直感したのだ。


「指の場所はこうするといいよ」


 我ながらすごく親切だと思う。でも、こうでもしないとできるようにはならないだろうし、どうせ私のアシスタントをやってもらうなら、今のうちにきちんと身につけておいてもらったほうがいい。


「ウインドウの切り替えは、こうやってみて」


 コピー・貼り付けの操作ができるようになってきたところで、今度はAlt+Tabを教える。これでいちいちマウスを使ってあっちこっちに視点を移動しなくてもよくなるはずだ。


 自分の仕事もあるから全部を見る余裕はないけど、作業のかたわら、円城寺の様子を横目でチェックしていた。


「できました……つかれた」

「お疲れ様」


 こんなことでも辛そうにしている円城寺を見ていると、本当にこの人は、事務職で大丈夫なんだろうかと心配になってくるのだけど。


 でも私のアシスタントになったからには、容赦はしない。


「ところで、この作業、実は一瞬で終わるんだけど、どうすればいいかわかる?」

「え、そうなんですか?? 早く教えてくださいよー!」

「一回やってみないとわからないでしょ。行くよ、見てて」


 列の一番上のセルを選択し、Ctrl +Shift +↓で列全体を選択する。そしてその列をまるまる、隣の列にコピー・貼り付けをして見せた。


「え、嘘!? 一瞬じゃないですか!! すごい……!」


 こんなんで驚かれるなんてバカみたいだけど、ここまで素直に褒められて、ちょっと調子に乗っている自分もいた。その証拠がこれだ。


「ちなみに、見て」


 私は円城寺に、自分の端末の画面を見せる。円城寺の使っているデータと同じExcelファイルを開いているけれど、そこには少し仕掛けをしてあった。


「このボタンを押すと、ほら」


 表の下部に設置したボタンを押すことで、指定の列へデータをコピー・貼り付けするというマクロを組んであった。


「わああ、すごい! 山本さん、魔法使いみたいですね!!」


 円城寺はびっくりするくらい大袈裟に反応を返してくれる。普通ならお世辞なのかなって思うところだけど、円城寺の性格上、これは素の反応だということはわかっていた。


 だから、悪い気はしなかった。いや、それどころか、私は楽しんですらいたのかもしれない。


「まあ、みんながつまんない作業しなくて済むようにするのが、私の仕事だからさ。余計なことさせてごめんね。でも、これでショートカットキーがどれだけ便利かわかったでしょ?」

「はい、ありがとうございます!」


 私の『魔法』が効いたせいか、円城寺の目はこころなしか、いつもの作業のときよりキラキラして見えたのだった。

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