第2話

 この日も、円城寺は朝からピンク色のひらひらしたシャツに、白のスカートという、地味系メガネ人間だらけのうちの会社の中ではとても目立つ格好をしてきた。別にうちの会社の服装規定に違反してはいないけれど、キラキラの飾りが付いたラベンダー色のネイルなんかは、ちょっと気になる人もいると思う。


 私はファッションにあまり詳しくないからよくわからないけれど、そのまま会社帰りにデートでもしそうな服装だった。


「山本さん、おはようございますっ」


 目が合ったら、語尾に絵文字のついたような声で挨拶をくれた。


「お、おはようございます」


 一人暮らしで休日も引きこもってばかりの私は、月曜の朝は声が出にくくて。陰気な中学生みたいな挨拶は、同時に鳴りだした始業のチャイムにかき消された。私は自分の端末に視線を戻して、作業を再開する。


「円城寺さん、今日も可愛いね。もしかして彼氏とデート?」

「そんなー、ありがとうございます! でもわたし、彼氏なんていないですよー」


 円城寺の声は目立つから、ついそちらに視線が行く。


 いまどきセクハラの概念もわかっていなさそうな課長に対し、にこにこ笑顔とテンションの高い声で返事をしていた。うちの社内も有数の可愛さを誇る円城寺は、必然的にセクハラめいた賛辞を受けやすいのだけど、気にしている様子はみじんもなく、むしろ喜んでいるふうにさえみえる。


 そうこうする間に始業のチャイムが鳴る。


 ああ、向かいの席の木村さんの視線がきつい。木村さんは経理課で二十年以上勤めている、アラフォーのベテラン社員だ。経歴は今の課長よりも長くて、経理課の仕事や人間関係を牛耳っている。普段まわりの空気なんて気にしない私ですら、この人を怒らせないように注意を払っているくらいだ。


 木村さんは低めのテンションで、しかしはっきりと円城寺に言う。


「円城寺さん、無駄話してないで、仕事始めてくださいね」

「はーい」


 木村さんのイライラレベルが上がっていることにも気づかず、円城寺は元気に返事をする。つくづく、空気の読めない女なのだ。しかし。


「円城寺さん、彼氏いないんだ」

「……えっ」


 円城寺の反応で、私がそんな感想をうっかり口に出してしまっていたことを気づいた。


「いや、すみません。なんか意外だと思っただけです」

「そうですかー? あれ、山本さんはどうなんですか?」

「えっ……」


 慌てて取り繕うのだけど、まさか私のほうに質問が飛んでくるなんて思いもしなかった。


「い、いるわけないですっ。そんなっ」


 私は恋人いない歴イコール年齢の女だ。特にそれをコンプレックスに思ったことはないけれど、この手の話題はなんだか苦手なのだ。


「そっかー。じゃあわたしと一緒ですねっ。今度一緒に合コン行きましょーよ!」

「え、いや、私は……」


 戸惑う私の反応など気に求めず、円城寺は続ける。


「紗香ちゃんがメンバー探してたんで、伝えておきますねっ」

 

 紗香とは、お隣の総務課の白石紗香だ。円城寺ほどじゃないけど華やかな格好をしているタイプの女子。円城寺とは仲がいいらしい。


「山本さんが行くなら楽しみですっ」


 円城寺はそう言って、私が何も言えないうちに、勝手に話を進めていってしまうのだった。



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