第3話

 私たちが所属する経理課には、私や円城寺、木村さんの他に、チームリーダーの川島さんという男性と、黒川さんと渡辺さんという女性の社員がいて、私と円城寺以外のメンバーはみんな四十代である。


 黒川さんはいつもパリッとしたスーツで決めているカッコいいお姉様で、めちゃくちゃタイピングが早い。渡辺さんはとても穏やかな話し方をする癒し系の人で、二人のお子さんがいるママさんだ。


 リーダーの川島さんは、最近おでこの面積が広がってきていることを気にしている、お茶目な人で、ちょっと抜けているところがあるから、いつも木村さんにつっこまれてヒイヒイ言っている。


 ひとつの島で仕事をしているから、お互いの会話はほぼまる聞こえで、だから円城寺が今何をやらかして、なぜ怒られているのかは嫌でも耳に入ってくるのだった。


「莉乃ちゃん、これ明日の会議資料なんだけど、午後までに二十部コピーしといて」


 Excelと睨めっこしている円城寺の後ろから話しかけてきたのは、隣の島で作業をしている総務課の社員だ。円城寺は経理課の仕事だけじゃなく、こんなふうにお隣からも雑用を言いつけられることが多い。

 

「はい、わかりました!」


 円城寺はそう言って元気に席を立つ。


「ありがとう~。いつも助かるよぉ~」


 そう言って資料を渡しながら、ちゃっかり円城寺の手に触ったりなんかしている。わかりやすいくらいのセクハラ男だった。


「いえいえ~」


 円城寺はセクハラに気づいているのかいないのか、そもそもそういう概念を知っているのかどうかさえ定かではないけれど、にこにこ笑ったままコピー機のところへ向かっていった。


 木村さんがあからさまに顔をしかめる。黒川さんが深くため息をつき、渡辺さんも困った顔をしている。私も多分、みんなと思いは一緒だ。


 開いたままの円城寺のExcelファイルを覗けば、請求書のデータが中途半端に入力しかけの状態だった。これは帰ってきた時にどこまで入力したかわからずに、パニックになるやつだ。いつもの円城寺の行動パターンだからもう、手に取るようにわかる。


 円城寺は今、店舗から送られてくる紙の請求書の数字をExcelファイルに打ち込む作業をしている。その打ち込まれたExcelファイルの中身をさらに紙出力して木村さんたちに渡し、正確に入力できているか、内容をチェックしてもらうのだ。


 Excelファイルの内容をわざわざ紙出力するなんて、今時信じられないと私は思うのだけど、この課ではいまだに紙ベースの仕事が多い。ちらりと聞いた話だと、あまりパソコン作業が得意でないのはアラフォーの先輩方も同じで、木村さんなんかは、Excelよりも電卓で手計算のほうが信用できる、なんて言っているくらいだった。


 そのうち、コピーを終えて円城寺が戻ってくる。今回は意外と早く戻ってきて、総務課の男のデスクにコピーした資料を置いた。資料の上には付箋でメモ書きを添えている。こういうところはマメだなと思う。


「あ、れ……? 私、どこまで入れたっけ……」


 予想通り、パソコンの前に座るなりそんなことを呟く円城寺。先輩方に気づかれる前に、私はひっそりと耳打ちする。


「……十二行目。〇〇株式会社のとこ、金額が入ってないよ」

「え……あっ、ありがとうございます!」


 円城寺の面倒をみるのはこれが初めてではない。まったく世話が焼ける。


 本当は別に私が助けてやる義理なんてないけど、同じ島内でギスギスした声を聞くのは勘弁願いたいから。ただそれだけなのだ。


 円城寺はパソコンに視線を戻し、再び、カタ、カタと入力を始める。タイピングスピードは壊滅的に遅い。多分私の三分の一以下だと思う。


 しばらくすると円城寺の横へ、とても不機嫌そうな顔をした木村さんがやって来て言う。


「円城寺さん、これ、データ間違ってる」

「す、すみません」


 木村さんは印刷された紙の束を、円城寺の机の未処理ボックスに置く。


「ちゃんと見直して、入力し直してね」

「……はい」


 横目で見てみるが、円城寺は気にしている様子はない。さっきまで、二時間かけて作業していたものが、十五分もしないうちに突き返されたというのに、何も思わないのだろうか。


 そこへ追い討ちをかけるように、渡辺さんからも指摘が入る。


「円城寺さん、これ、一列ずれてるよ!!」

「ううう、ごめんなさーい」


 見てみれば、あろうことか金額と会社名の列を逆に入れていた。いくらなんでもそんなミス、と思うだろうが、円城寺の仕事のできなさは、一般人の想像を軽く飛び越えてくる。


「まったく、どうしえてこんなにミスが多いのかねぇ」

「本当ですね」


 黒川さんが何気なくそんなことを漏らす。川島さんも、同感だというようにため息をついている。


 しかしこれだけ注意されても、円城寺は落ち込む様子を見せない。周りの様子になど気づかないようで、一生懸命画面とにらめっこしているのだった。




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