第189話

ロイに促されて、ようやくマグナスはヨハンに視線を合わせた。

ヨハンが全員で社長の前で演奏し、あわよくばデビューしたい話を始めてから、

マグナスは視線をヨハンから背けていた。


「、、、俺はアマチュアとしてやっていきたいかな。

好きなことも稼ぐ手段にしてしまうと楽しくなくなるって聞く。

ヨハンやみんなの気持ちは分かるし、すごい向上心だと尊敬するけど、

俺は音楽が嫌いになったり苦しんだり、場合によってはみんなと対立してまでやりたくない。

ヨハンがビデオを欲しい話は分かったし、俺個人はヨハンのヴァイオリンを応援してる。

ヨハンがヴァイオリンを前向きに頑張りたいなら俺もうれしいから協力もする。

だから、、、その社長の前でみんなで演奏するのももちろん良いけど、

もしデビューの話なんかが来たら俺は公での演奏からは抜けるか、

このクインテット自体から抜けるよ。」


マグナスは、ほか4人が乗り気な中、後ろ向きな発言をすることは気が引けるようで、スプライトを飲んだり

チョコレートチップスを食べるのをやめ、膝の上に手を組み、まじめな表情で話している。

しかし、穏やかな性格のマグナスだが意志は揺るがないようで、ヨハンをいつもより強い視線で見つめている。


「、、、わかった。、、、デビュー云々は、そんなに話がトントン拍子で上手くいくとも限らないし、、

話が出てから考えよう。

皆に、、マグナスにも強力してもらえて心強いよ。

そんなに真面目に一斉に視線受けてるとなんか緊張するよ。

詳細は後々計画するとしてニューヨークまでは楽しもう!」


ヨハンは、とりあえず社長の前で全員で演奏することは合意できたため、マグナスにそれ以上は詰め寄ることはせず、

一同に声かける。

それで、年長のロイが率先して他に話しかけることでまたヨハンが考えを話し出す前の空気に戻ったが、

ヨハンは先日のミカエルの怒り方、それに対してのアクセルの見解、そして今のマグナスの揺るがない意志を見て、

これまで自分が思っていたマグナスと彼の本心が異なることを感じ、動揺していた。


自分に半ば強引にヴァイオリンを再開させた元凶の彼に、父が不信感を持って詰めよった際、

「なんとなく流れで始めたものでも、自分にとってかけがえのないものになることも多い、

 だからヨハンにとってジャズやヴァイオリンが楽しいものに、自分が絶対にして見せる」

と力説したのはマグナスだ。

でも、マグナスが心から楽しんで演奏していなかったのなら話は違ってくる。

自分だけが楽しんでいたなら裏切られたような気分だ。


確かに、向上心を強く持ち結果を公に残すことだけが演奏の「楽しさ」ではない。

本来、演奏は自分が音楽を自分が思ったとおり、譜面から再現したり、ジャズであれば譜面を元に他者とセッションするなり、自分で発想を拡げて即興してその時しかない演奏をすることが価値であるとヨハンは思っている。

そのように演奏して、聴いてくれる人と感動を共有できたならより素敵な体験だ。


でも、質の高い演奏は人に認められたい気持や、向上心があるからこそできるとも思っている。


それに、いくらマグナスが高い技術を持っているからといっても、このバンドは全員がセミプロ顔負けの高い技術や音楽性を持つメンバーばかりなのだ。今自分が持てる実力より少し上の演奏をしようと心掛けなければ、このメンバーと肩を並べて良い演奏はできないと思われる。

そして、他のメンバーと同じくらいの向上心がマグナスにあるならば、当然人前で演奏を広く行うのは望むのが一般的なはずだと思ってきた。



(僕がヴァイオリンを再開したのはマグナスが誘ってくれたからなのに、、、。

寮で同室で、自分が大学では一番本音で話せる奴だと思ってきたけど、そう思ってきたのは

自分だけだったんだろうか、、。

楽しく演奏したいのは誰だってそうだけど、、本気でやっていなくて楽しくなんてできるものなのか?

本気でやるから上手くいったり失敗したり、、スリルもあるし達成感もある。)


ヨハンはそれから、形だけは一同と雑談していたが、

前と変わりなく笑顔ではしゃぐマグナスの様子も偽りなのかと思ってしまい、集中できず、

眠くなったふりをしてケータイ電話の音楽プレイヤーを起動し、イヤホンを耳に突っ込み、

脚を組んで目を閉じた。





「ヨハン。ヨハン!!もう着いたよ。

行こうぜ。」


ヨハンはマグナスの声と、肩を揺さぶられて目を覚ました。いつの間にか眠っていたようだ。


「ああ、、ありがとう、、。

3人とはカレッジが違うもんね、、。この先は僕たちで帰るか、、。」


ヨハンは、同じ大学だがカレッジが違うので寮も別方向の3人と別れ、マグナスと駅からバスに乗る。


「、、、まだ眠いの??昨晩ヨハンはだいぶ飲んでたもんな。」

マグナスはバスで前の席に座り、ヨハンの浮かない顔を振り返りながら話す。


「、、、マグナスはさ、音大に行くの諦めたって前に言ってたよな。

その頃に友達に誘われてジャズやり始めたとも。

聞いてよかったら、なんでクラシック辞めたの?」


「、、、やっぱり俺がさっきの話断ったの気にしてる?

俺がみんなほど度胸や根性がないだけだよ、悪いとは思って、」


「はぐらかすなよ。僕はさっき色々話したし、お前、僕の事情には首突っ込んでおきながら

ずるくないか?」


マグナスは、いつになく不機嫌なヨハンから、リチャードに良く似た切れ長で大きい瞳で睨まれ、苦笑いをやめる。


「、、、、友達の心身を傷つけたんだ。俺が自分のことしか見えていなかったせいで。

 俺はミドルスクールでブラス部の部長だったんだけど、、ジュニアオケでもパートリーダーをしていた。

 どっちでも一緒に吹いていた友人が居たんだけど、、俺のやり方についていけなくてクラをやめるって、、。

 俺は驚いて止めたんだけど、言い合いになって、その時に車が通って、友人の気が散っていて、友人がはねられた。下半身不随になってしまった。


 プロになるような人なら何があっても進めるんだろうけど、俺はそうまでして自分も頑張りたくないし、

 誰かを頑張らせたくない。、、答えになった?」

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