第121話

ライオネルが部屋に来ると聞いて、特に汚さずに部屋は使っていたものの、ハンスが部屋を最終チェックしていると、早くもドアが開いた。


「!!」


「、、別にそんなにチェックしなくても気にしないよ。、、でもいきなり悪いね、レイノルズさんに部屋交代しろって言われて断れなくてさ。あの人強引なとこあるから。」


ライオネルは、ハンスが自分を苦手な様子なのは分かっていたが、対して汚れもない部屋に関してまで口うるさく言うとでも思われたのかと嫌な気分になり、一言目には棘を持たせた。


「あははは、、いや、ライオネルってきちんとしていそうだから。

、、全然僕は大丈夫だよ。ナカモトさんが発作で倒れたんだっけ?レイノルズさんなら仲良いから対応も慣れてるもんね。でも中本さん、心配だな、、。」


ハンスは苦笑いしながら返し、部屋を見回るのをやめ、ぎこちない動作でベッドに座る。

演奏では堂々と緊張した様子もなく弾けるのに、自分が来たくらいで動作がぎこちなくなる小心者ぶりに呆れたが、ライオネルもレイノルズが使っていたベッドに座る。


「シャワーはあっちの部屋で入ったからさ。部屋は寝るのに使わせてもらうくらいかな。」

ライオネルはハンスとあまり話したくないため、事務的に告げ、明かりを消そうとベッド側のランプに手を伸ばす。


「あっ!ちょっと聞きたいことがあって。もしまだ眠くなかったら少し話せない?

、、ライオネルと、あまり話したこと、無かったし。」


「、、話したいこと?今日の演奏のことなら気にしなくて良いよ。仕事だから演奏を良いものにするために何がするのは当然のことだから。」


ライオネルは面倒だと思いながら、仕方なく灯りに手を伸ばすのをやめ、ベッドに座ってハンスを見た。


「僕も演奏は良いものにしたいんだ。

、、ライオネル、飲んでたときに言ったよね、僕みたいに覇気も主張もなく弾く奴はうちのオケじゃ珍しいって。

僕の弾き方、変に目立つみたいでマイヤーさんに前のオケでかなり厳しく言われたし、他の楽団で少し弾いたときも言われたんだ。

、、僕の我をだして演奏を壊したくなくて。

、、、演奏を良くしたく、ないわけじゃないんだ。確かに出世したいとか誰よりも弾けるようになりたいとかは、、ないけど。」


「それはマイヤーさんや違う楽団での話だろ?

、、レイノルズさんが一度でも我を出すなとか目立たずに弾けなんて言った?

、、レイノルズさんの演奏にみんな巻き込まれがちだから結果的にレイノルズさんに寄せる演奏にはなるけど、うちは団員のカラーを押し殺す楽団じゃないと思うよ。


、、それに、ハンスが目立つのは音色がしっかりしているから音量があって、1音1音にも色彩があるから、、ネガティブな理由で目立ってるんじゃない。、、合わせられなくて浮いてる下手なやつとは違うよ。

そんなに弾けるくせに分からない?」


ライオネルはハンスが自分が思っていたよりも音楽に対し熱意があることは分かったものの、自分自身の演奏の良さも分からない様子なのには驚き半分、苛立ち半分の気持ちになり、口調は落ちついていたが言葉尻の棘は抜けずに返す。


「ありがとう、、。そう、呆れちゃうよね、あんまり自分の演奏の客観的評価ができなくてさ。

、、自分が思う完璧にできてないと下手に聴こえちゃって、、。あ、別に他人に関してはそうは思わないんだ。自分に関しては。

だから、コンクールやソリストも勧められても、緊張しいだから嫌いなのもあるけどやる意義が分からなくて。

、、、完璧にできてないのに人と競ってる時間あるのかな、自分に集中したいなと思うし、それより目の前の曲をきちんと完成させることが重要だと思って。、、ソリストもさ、僕には一丁前にソロやる資格ないかなって。。

ライオネルは、色々コンクール入賞歴もあるしさ、何回かソリストもやってるだろ?

凄いな、、。でも演奏も緻密だし、どうやって両立するの?」


ライオネルはさらにハンスが話してきたコンクールやソリストをやらない理由についても呆れていたが、突然本気の様子で褒められたかと思うと、興味津々と言う表情で空色の丸く大きい澄んだ瞳に見つめられ、返答に困る。


「両立?

、、考えたこともなかったけど?

普通は、ハンスやレイノルズさんみたいな特殊例以外はコンクールにバシバシ出て名を上げないと演奏機会も学費も貰えないから必要だからだろ?

ソリストは、、良い経験になるしできたら嬉しいだろ?普通は。

例えば自分の好きな曲でソリストやりたいとか。無いの?」


「、、それはやりたいけど、、完璧に弾けないなら他の人にやってもらうかなあ。」


ハンスは少し考えるように上を向いたが、またライオネルに視線を戻し回答する。


「そいつが自分より弾けてなくても??」


「うん。別にそこは気にしないな。僕が自分が納得できる出来の時に弾きたいし、伴奏のtuttiパートを弾かせてもらうのも曲を理解するのには良い経験だし。」


ライオネルはハンスの前向き過ぎる、覇気がない回答に、自分が空気を必死に叩いているような無意味さを感じ、文字通り、片手で頭を抱えた。


「あれ?ライオネル?頭痛い?やっぱり疲れてるのか。。ごめんよ、くだらない話で早く寝れなくして。」


「、、いや、違うけど。

かなり俺とは考えが違うなってさ。、、いきなり違う考えがインプットされてびっくりしたって言うか。

、、ハンスの家ってヴァイオリン職人なんだっけ?なんか納得したな。。まるで演奏がものづくりって感じの考えかたで。」


ライオネルは、考えが違いすぎてハンスに反感を持つのもバカらしくなってしまい、ハンスの今まで接してきたヴァイオリニストたちとはズレた考え方が面白く感じられて微笑んだ。


「!!、、ライオネルっていつもこう、、ストイックなイメージだったけどそんなふうに笑うんだね、、僕と違って周りにも指導できたりもするじゃん?、、しっかりしていてクールなイメージだった。。」


ハンスは驚きと同時に安堵した様子で童顔かつ中性的で、若い女性と間違いそうな顔を綻ばせた。ライオネルとスムーズに話せたことがよほど嬉しかったようだ。


「失礼だなあ。別に笑いはするさ。、、ミカエルさんじゃないんだからさ、、ハンスは完璧主義みたいだけど、完璧に弾けたなんて思った日から上手くなるのが止まるし、、完璧じゃないなら俺が一緒に完璧にするよ。

今日みたいにさ。そのためのオケかなと思う。1人で作るより良いものが作れないと意味がない。だろ?だからもっと伸び伸びひいてくれなきゃ、俺またやる気ないのかって怒るかも。」


ライオネルはもうハンスへの苛立ちは殆ど消えていたが、煽る調子でハンスに話し、腕組みをする。


「ええっ、、それは嫌だな。。こうしてやっときちんと話せたのにさ。。」


ハンスは本気にして困り顔で話したが、最初にライオネルが入ってきたようにおどおどはしてはいなかった。


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