第10話 血濡れの鷲

リチャードは、街中を歩くのに顔が知れた自分を見て騒がれたくなかったので、深く帽子をかぶってマスクをし、いつもと違う色合いのコートを着て、メガネを外してコンタクトにしていた。だが、ジャニスの家の前に着いたのでコンタクトを外してからメガネをかけ、帽子とマスクを外す。


「ごめんください。、、レイノルズです。お見舞いに伺いました。」


インターホンに向かい、話すとジャニスの母のフローレンスがドアを開けた。


「リチャードさん。忙しいのにいつもありがとうございます。どうぞ。」


「いえ、、こちらこそ、、有難うございます。」


「誰!!来ないで!!!嫌だ!!!来ないで来ないで!!」


リチャードが家に足を踏み入れると、階段を伝っていきなり本や缶が飛んでくる。


「!!」

リチャードは少し驚いたものの、慣れから上手く避けると動じずに階段を上がる。


「ジャニス、リチャードさんよ。来てくださったのよ。投げるのはやめ、」


「うるさいな!!みんな私を見せものにして!面白がって!!もう嫌なの!!リチャードが来るわけないじゃない!リチャードは私なんか、」


「、、ジャニス、私だ。リチャードだ!

怖がらないで。」


リチャードは声を張りつつもきつくらないよう口調に気をつけたが,部屋の前まで上がったところでドアの隙間が開き、重たい辞書か何かが降ってくる。

リチャードが寸手で避けると、後ろをついていたフローレンスのすぐ後ろにあった花瓶に当たりそうなのが見えて、咄嗟に花瓶の置いてある棚の前に立ち、フローレンスの肩を抱き庇った。

「フローレンスさん!危ない!!失礼します!」


リチャードは言ってフローレンスの肩を軽く抱き庇ったが、花瓶は割れ右手に破片が落ち、大した怪我では無かったが流血した。辞書は床に落ちたようだ。


「!!リッ、、リチャードさん!!手が!!大切な手なのに!!!すぐに手当を!!」

フローレンスは真っ青になり言うが、レイノルズは微笑み立ち上がる。


「、、大丈夫、少し刺さりましたが大したことはないです。それに、、弦を押さえる左手は庇いましたよ。」


「リ、、リチャード!?本当にリチャードなの?!怪我、、したの??」


ドアが半分開き、ジャニスが顔を出す。リチャードはその隙にドアを開き、中に入ってから泣き顔で、不眠からかクマができたジャニスをハグする。


「ジャニス。、、マスコミが来たんだって??大変だったな、、。ごめんな、、すぐに来れなくて。でも大丈夫、もう来てないよ。だからきちんと勤務先にも行ったほうが良い。

それと私以外とも話して部屋から出てくれ。

物も満足に食べないんだって?」


リチャードは15年以上前、ジャニスと共に生きていきたいと本気で想い合い、抱きしめ合った頃と同じようにジャニスの変わらない艶やかさだが短く切ってしまった小麦色の髪を撫でる。昔から白い肌はより一層白く、細い体はより華奢になっていて、自分の罪の重さがのしかかる。


「、、、大丈夫、、来てくれると思っていたから、、リチャードが来てくれたら頑張れるわ!

、、忙しいのに来てくれてありが、、、あら??なんでリチャードって忙しいんだっけ?なんの仕事してるんだっけ??私たち何がきっかけで、」


「、、、会社勤めだよ。

、、、君と私は幼なじみだろ?近所に住んでたじゃないか。ほら,フローレンスさんが作ってくれるから。何か食べよう。」


リチャードはいつもついている嘘を呪文のように空虚に繰り返す。


当時付き合っていた、才能にはあふれていたがコンクールのプレッシャーに弱く、繊細なところがあったジャニスにコンクールで大差をつけたのが事の始まりだった。そのコンクールには出なくてもリチャードには十分なキャリアがあったが、病気が重かった兄を安心させるため、有名なそのコンクールでリチャードは優勝して見せたが、ジャニスにしてみてもかなりキャリアに響くコンクールだった。

その後、将来を誓った仲であったリチャードからコンクール結果に傷をつけられたジャニスは不安定になり始め、二人は口論することが増えた。リチャード自身が兄を病気で失った頃で絶望していたせいもあって、お互い余裕がなく関係はどんどん悪化した。


それでも二人は付き合っていたが、ある日喧嘩した際、ジャニスが浮気をしたことがわかりムキなってしまったのが自分の醜さだ。

その後は一方的にリチャードから別れを告げると、意図してジャニスが出るコンクールに参加して大差をつけ、会うたびに嫌味を言い、更には他の女性とデートするのをこれ見よがしに見せ続けた。その結果、ジャニスは精神を病み16歳で自殺未遂をした。

命は助かったものの、ヴァイオリンや音楽に関する全ての記憶を健忘し、少しでもヴァイオリンや音楽に関するものを見たり聞いたりするとパニックになり人に物を投げるなど人を拒絶し暴れる他、不眠や拒食になる。

今は、精神を壊してから学び、センスがあったフラワーアレンジメントで生計をなんとか立てているが、以前はリチャードと同じくヴァイオリン一本の人生だったため、引きこもり同然になっていた。今回はフラワーアレンジ関係の取材で、悪気なく彼女のヴァイオリン歴について、経験の浅い記者が触れてしまい錯乱したらしく、酷い錯乱にある際、彼女を唯一鎮められるリチャードが呼ばれたのだ。


(私が彼女を守らないと。、、私が彼女を壊したんだから。

私は人の幸せを壊してばかりいる。ジャニスもマリアも、兄さんも、父さんも母さんもそうだ、、。)


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