第65話

ヨハンは、医師の判断によりあさってまでは入院することになった。この2日間は、ヴァイオリンや楽譜を取り上げられて、ケータイ電話からもクラシック音楽は再生できない設定にされている。

なので、やることもなく、仕方なく父が持ってきてくれた本やコミック、映画のDVDなどを見たり読んだりはしたが、どれもヴァイオリンの練習や音楽の勉強に比べると無意味に感じられて、身が入らない。睡眠導入剤が出されているせいで不眠の疲れはなくなり、食欲はないが粥など無理がないものを強制的に食べさせられるため、食べざるを得ないので体調に関しては回復してきた。


「ヨハン、入って良いか。」 


「、、、、。」

ヨハンは父が無理やり病院に連れてきたことには腹が立っており、聞こえていたが無視する。


「、、ヨハン?、、、寝てるのかもしれない。ごめんな、せっかく来てもらったのに。」


父が誰かに話かけるような話し方を聞いて、ヨハンは身を起こしたが、今は誰にも会いたくないとも思い、またベッドに横たわる。

父が誰を連れてきたのか知らないが、自分は家族以外と面会するとも何とも言っていないのに勝手な話だ。ヴァイオリンが上手くいかずにメンタルダウンして入院している、そんな様子を家族以外に見られるのもなんだか情けない。


「ヨハンていつも何か考えてるんだから寝てるわけないですよ、入りますね!」


「えっ!?あ、いや、、いや、まあ、そうだがね、、さすがに寝てるのかも、」


久しぶりに聞く司の呑気な声がしたと思うと、父が慌ててしどろもどろになる声がして、その次の瞬間に司が笑顔でドアを開け、父が不安げにこちらを見ているのが目に入った。


「、、、面会が来るならメールとかしてよ。 

こっちも準備が。」

ヨハンは思わず父にきつく当たる。


「言う通りだな、ごめん。

でも、友達が来るって言ってもお前、会わなかったんじゃないか?

、、私は10分くらいしたら帰るから。

夕方くらいに中本が司くんを迎えに来るよ。」


父は謝ってから、やはり心配げにこちらを見ながら話し、邪魔だろうからさっさと帰ると言いたげにヨハンの身の回りのものを片付けたり、ヨハンが入院している関係で必要な用事を開始する。


ヨハンはそれを見て、理性ではなく感覚で腹が立ってしまう。本来の予定なら、父はこの時間にも華やかなスポットライトの下で舞台に立ち、ヴァイオリンを弾き、喝采を浴びていたはずだ。今日は本来は父のリサイタルの日だった。

ヨハンの昨日の服をカバンに入れ、明日用の服を引き出しにしまう手は、こんな誰でもできる自分の世話などに使われるべきではない。父にしかできない演奏ができる特別な手だ。


「なんで父さんがそんなことここでしてるんだよ!大して服汚れてないし、マチルダを来させれば良いだろ。コンサート行けよ!弾いてきてよ!!」


「、、、そんなの、私が決めることでお前が決めることじゃない。私の人生なんだから私だけに選択権がある。

、、それとそんなことって言い方はなんだ??私にしてみればヴァイオリンを弾くよりずっと大事なことさ。

お前に何と言われようと、コンサートは出ないよ。」


リチャードはヨハンに怒鳴られたが、医師にこちらが影響されて興奮しないように言われているため、手を止めて立ち上がり、ヨハンの瞳を見たが、感情的にはならずに落ち着きを保ち反論する。


「、、じゃあ僕退院する!!別に具合は悪くないんだし、周りに人がいない時に出てけば,」


「そんなことよりゲーム久しぶりにやろうぜ!

ヨハン、6年前くらいからヴァイオリンや勉強忙しくてさ、あんまり俺と遊んでなかったじゃん。」


リチャードがヨハンの様子に内心困っていると、司がタイミングが良いのか悪いのか、呑気な様子で携帯ゲーム機を取り出し、病室内にあるテレビに接続し始める。



「は??、、ちょっと話聞いてたの?僕は父さんと話を、」


「ヨハン!!、、、お前は見舞いが嫌かもしれないが、、司くんは、お前が体調が良くないのを知って見舞いに来てくれたんだよ。その態度はないんじゃないか。

別にそのへんを、具合が悪いからって甘くするつもりはないから。」


リチャードはヨハンの態度に注意する。ヨハンはリチャードを睨んだが、司には仕方なくと言った感じで、表情は不機嫌なままだったが話しかけかたを変える。


「、、悪かったよ、司。見舞い、、ありがと。

、、でも、父さんと話があってさ。だから先にゲームは始めてくれて構わないよ。

、、ねえ、父さん。父さんが演奏にいけないなら僕、こんな病院抜け出すから!

、、さっき父さんの人生なんだから父さんだけに行動の選択権があるって言ったけど、それは僕も同じさ。」


「、、抜け出せるのなら自由に抜け出すと良いさ。、、それと、調子が悪い家族の世話をするのがヴァイオリンを弾くよりどうでも良い作業なんだな、お前には。

なら、なおさらお前を入院させたのは正解だったと思う。

ヴァイオリンなんて、無くたって生きていくには困らないけど、身体は一つだし命は一つだろう?


これ以上、私から話すことは特にないが、、何か話したくなれば私は家にいるから連絡を。」


リチャードはヨハンに苛立ちを抑えて落ちついて話すと、荷物を持って病室を後にした。


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