第178話

コンチェルトの後の交響曲では、父はコンサートマスターに戻っていた。ヨハンは、交響曲まで聞いてから、ソリスト用の楽屋へ向かった。


「ヨハンくん??」

楽屋前まで行くと、エルンストが歩いていて、ヨハンを見つけて声かける。


「ちょっとヨハン!!待ってちょうだい、足が速いわ、、、」

ゾフィーが後から息を切らしてヨハンに追いつき、叫ぶ。



「父は!!父はまだ楽屋ですか?、、、話したいんですけど。」


「レイノルズさんは、楽屋にいらっしゃいますが、、。今日はサイン会もないしお話しできると思いますよ。

ただ、、、ちょっと今はカザリンさんとお話しされていて、、。」


エルンストは、楽屋の中の様子を考えると入れるわけにも行かず、ヨハンをなだめた。





カザリンは、リチャードの演奏中は、リチャードの希望もあり客席で聴いたものの、演奏の前後や休憩中は楽屋で待機していた。主治医として、リチャードがもしトラウマ症状で倒れた場合に対応するためだ。

リチャードはコンチェルトが上手くいっても、交響曲が終わるまでは冷静で、コンチェルトの出来に言及することはなかったが、交響曲までは交響曲まで弾き終えると、すぐに楽屋にやってきて、カザリンの手を取った。


「やった!!やったよ!!弾けた!!ちゃんと弾けたんだ!!

思ったとおりに弾けた、、3楽章はちょっと手が震えたけど、、なんとかなった、、、。

、、、、ジャニスに書いてもらったアンコールも、、マリアに向けて弾くことができた、、、

これで少しは過去を乗り越えられたんだ、、やっと前に進める気がする。

君のおかげだ、、!!本当にありがとう、、何て言ったら良いか、、!!」


リチャードは、興奮した様子で喜んでいたが、信じられない、と言ったように少し手も震えており、笑っていたが瞳に涙もためていた。


「すごくよかったわ!!

リハーサル中は手の震えや発作が起きないか気にしていたけど、

今日は舞台の緊張感や高揚感もあって、演奏に集中したから手の震えのほうがあなたの集中に負けていたわ。

リックが頑張ったからよ。でもあなたならできると思っていた。すごいわ。おめでとう。

ジャニスさんの曲も、きっとマリアさんに届いたと思う。

、、、アメリカに行ってジャニスさんときちんと向き合ってけじめをつけてもらってよかった。

それもあって思い切り弾けたんじゃないかしら。」


カザリンは、リチャードの手を取り、最大限の賛辞を贈る。


「、、、カザリン、、触れても?嫌じゃないか?怖くない?」

リチャードは自分より少し背が低いカザリンの大海のような深く澄んだ瞳を見て、問いかける。

カザリンの瞳は、最初にリチャードがカザリンに好意を伝えたときのような怯えの色はなく、

まさに悠々と流れる海の波のようだった。


「、、怖かったら手も繋げないわ。」


カザリンはリチャードの、カザリンのトラウマを気にして必要以上に気遣う様子に、苦笑して返す。


リチャードはそれでカザリンを力強く寄せ、しかし寄せたあとは優しく抱きしめた。


「、、、私とずっと一緒にいてくれ。、、結婚しよう。

カザリン。私が君を幸せにするよ。


、、、例えばもし、、どちらかが先に斃れることがあっても、、もう怖くないんだ。

一緒にいられるだけ一緒にいて、その間私ができることが君にできれば。

私じゃ家族を幸せにできない、、じゃなくて、、それならこれからは幸せにして行く、、。

私に幸せになってほしくて、死んでいった家族は最後まで頑張ってくれたのに、、。


演奏と一緒だったのに気が付くのがこんなに遅れてしまった。

一瞬だから、永遠ではないから人事を尽くしていく、、、。

終わってしまっても、、大事な記憶ならきっと心に残って私の拠り所となる。

一瞬を君と歩いていきたい。」


「、、、私も、、、20年以上前に男性が怖くなってしまった、、

でも、これまで私に触れることも我慢してくれた、、そんなリックなら怖くないわ。

遊び人に見えて遊び人になり切れない真面目な人だものね。

、、、私をあなたと歩かせて。私にあなたを照らさせて。」


カザリンは、少しヒールをはいた片足を上げて、リチャードに背を伸ばし、自ら口づけした。


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