第179話
カザリンが中から出てきたタイミングで、カザリンとあいさつし合うゾフィーをそのままにして、ヨハンは楽屋の中に入った。
「、、、ヨハン。来てくれてありがとう。そんな顔してどうした?」
父は楽屋のソファーに座り、ヴァイオリンを拭きながら呑気に言う。表情も、演奏が好演だったのだから機嫌が良さそうだ。しかし、ヨハンの機嫌は良い訳がない。
「、、、どうしたって??演奏を辞めるってどういうことだよ??
ずっとそのつもりで動いてたのか?僕とイギリスに行った時から?なんで下らないチャットはしてくるくせに、大事なことは黙ってるんだよ?」
ヨハンは父の座っているソファーに、テーブルをはさんで向かい合うソファーにどかりと座り、父を険しく見つめる。
「別に。お前に言う必要ないだろ。
、、、私が演奏をやってもやらなくても、お前には関係ない。
、、、学費は足りてるし貯金だってある。お前を困らせてない。」
父はヴァイオリンを掃除しながら、ヨハンにちらりと目を合わせて話す。
「なんで演奏辞めるんだよ?父さんにとって演奏は、、、演奏は父さんを生かすものだしライフワークのはずだ。
、、、そんなものをやめるなんて、、身体でも悪いの?、、、それともまさか鬱になったとか?
調子が悪いならなんで僕だって一応家族なのに話してくれない?」
ヨハンは、父の相変わらずの強情な様子に呆れ、心配もあって身振りをつけて、身を乗り出し問いかける。
「調子が悪いなんて誰が言ったよ?
一言もそんなこと言っていないんだが。勝手に妄想するなよ。
、、、演奏は確かに私の一番世の中に貢献できることだし、演奏をこの先やめることは想像できないよ。
色々あっても、演奏に苦しみがあっても、演奏があるから生きてこれた気もする。
、、でも、逆に言うと演奏しかしてこなかったし、、演奏以外からヴァイオリンや音楽を見つめてみたい。
それから、、また演奏に戻りたい。、、、例えばお前みたいに、大学に入って研究してみたい。
別に勝手だろ。自分で稼いだ金で私がどうしようと。
どこも悪くない、健康だよ。疑わしいなら家で健康診断表でも見せてやろうか?」
父は、ヴァイオリンを掃除し終わり、開いたままのケースに入れると、
テーブルの上にあったアイスチョコレートドリンクを一口飲んだ。
演奏の前後には甘いものの摂取がお決まりだ。
「だいたい、眼鏡もいきなり外してさ、、。おばあちゃんから聞いたよ。顔を隠して女性を遠ざけるためだったんだね。
馬鹿かと思ったよ。眼鏡かけてたって父さんの外見は目立つのに。健康診断表は是非見せてもらいたいね。
大学に行きたいだけならまあわかるけど、、ヴァイオリンや音楽に?演奏以外でアプローチ?
意味わかんないね。古楽をやるならともかく、、父さんバッハは苦手とか言ってたじゃないか。
十八番はパガニーニとかバルトークとかサラサーテとか、、そういうのばっかじゃんか。」
ヨハンは頬杖を自分の膝につき、父を訝しみながら呟く。
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