第283話
司は、ステンドグラスから降り注ぐ夕陽から目を離し、陰の中でステンドグラスがぼんやり反射して映る床を見つめながら話すヨハンの瞳を見つめる。ヨハンが表立って悪意を受けた、悪意を見た、と発言するのは始めてだ。親友である司にすらそんなことをはっきり話したことはなかった。
ヨハンは今以上に昔は繊細で、優しい反面傷つきやすかった。良くも悪くも、あったことを冷静に受け止めてすぐ対策を考えるドライな自分とは違う。そんな自分の冷めた点を悟られたくないし、自分でも認めたくなくて、普段はヘラヘラしている。
感動的な映画やドラマにも涙せず、知り合いや動物の死にも冷静だ。父や母はそんな司を昔から肯定してくれたが、そうでなかったら自分は自分の知性の使い方を間違えたかもしれない。
司がヨハンと自分の性質の差を感じながら考える中、ヨハンはそれには当然気付いておらず、話を続ける。
「ルノーさんを死なせてしまって僕は、父さんが母さんを失ったときの気持ちが、、僕が死のうとしたときの気持ちが少しわかった気がしたし、今後は自分が好きな人たちのこと、この手で守れる強さが欲しいって思ったんだ。
自分が悲しかったからってだけじゃなくて、僕の人生から、僕が好きになった人たちが、退出するだけではなく、消されちゃうことが嫌なんだ。
病気ならカザリンさんや司みたいな医療関係者しか癒せないから諦めもつくけど、、もし僕が何か少しでもできるのなら、、。
それには、、自分の悪意を押さえて周りの悪意につぶれないで、、できれば自分や周りの悪意を善意に変えられる力が欲しい、、。
ルノーさんには来たばかりの時は厳しいこと言われて反抗してたのに、おかしな話だけどね。。ルノーさんの死が悲しかったから考えられた。。
死だけじゃなく、目の前で苦しんでいることも辛い。
これも、、ルノーさんが襲撃犯に殴られたり撃たれても何にもできなくて、、分かったことだ。
イザベラは殴られたり撃たれてるわけじゃないし、死んじゃうわけじゃないけど、、
僕がいないところで悩み苦しんでいる。僕は今のままじゃ、自分の世話に手いっぱいで彼女の力になれない。
上手くいくのか怖いし、今もルノーさんのことはつらいけど、、ティーンの時みたいに別に崩れそうじゃないし、、
今なら向き合えるはずなんだ、、。」
ヨハンは強い視線で自分を鼓舞するように一気に話したが、不安気に大きな体を丸めて、屈んで両手の指を組み、その上に頭を乗せる。瞳が伏せられため息をついてしまうのを見て、司はその手の上に自分の片手を乗せた。
「、、やっぱり司は優しいな。、、一応年上なのに情けないだろ?」
ヨハンは司の手に気がつき、顔を上げて苦笑いする。
「、、そんなことない。
、、ヨハンも知ってるだろ?僕が映画にも人の死にも泣かないの、、。父さんが何度か倒れても泣いたことない。、、、大学の解剖学も別に怖くない。、、そういう感じだと多分医者とか向くじゃん?人の死をたくさん見るし、、人の命を扱うから、、。泣き虫や優しすぎる人じゃできない。僕は初志貫徹して凄いわけじゃなく、こう言うやつなんだ。、、、みんな変だって言うけど、、母さんや父さんは落ち着いていてすごいね、って言うんだ、、。本当は怖いとか冷たいって思ってるかもしれないよ。
、、ヨハンも僕を変だとは言わず友達でいてくれる。お互い様さ。」
「確かに泣かないけど、中本さんが倒れると必死だし、いつも泣いちゃう礼さんのこと一生懸命励ますし、、司は優しいよ。向くのもあるだろうけど、、中本さんのために心臓外科をやりたいんだよね?
、、親思いで優しいと思うけどな?
泣き虫だって人に冷たい奴もいるよ。」
ヨハンは司が珍しく険しい表情で話すのを見て、司の頭の上で揺れる癖毛を片手の指でピンを撥ねた。
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