第173話

リチャードが電話を終えて戻ると、4人は自分の席につき、ザイフェルトが用意した4人分のハーブティーと茶菓子を味わいながら、話し出した。


この家は、ジャニスの実家とは近く、同じように農村地帯の田舎で、同じ市内にあるが少し離れている。ジャニスは本職はフラワーアレンジ、副業としてレコーディングでのみ演奏提供をするヴァイオリン奏者および作曲家およびヴァイオリン教師をしていて、ザイフェルトはインテリアデザイナーなので、都市部に近くなくてもできる仕事なこともある。

何より、ジャニスの精神の健康を考え、昔のことを掘り返されたり刺激が多い都市部ではなく、長閑なこの場に2人の家を建てたと聞いている。

2人には子どもはいないが、ザイフェルトによるインテリアと、ジャニスのアレンジした花が飾られ、自然とインテリアが調和した美しくナチュラルな家で2人は穏やかに暮らしている。


良くも悪くも多くの人と交流を持ったり、演奏活動で世界の都市部を飛び回ってきたリチャードでは、仮にジャニスと上手くいっても彼女の繊細な精神を疲弊させただろう。そう考えると、愛が憎しみに変わってからさえ、自ら離れられなかった2人が、あの時に強制的に離れたのは良かったようにも思う。リチャードはハンスとジャニスが話すのを聞きながらインテリア等についてザイフェルトに話を振りつつ考えた。


「ハンス君、、と昔みたいに呼んでも?

こんなにしっかりした男性になったのに、、なんだか変かな。」


ジャニスはハンスに始めに尋ねた。

ハンスは、やはりジャニスに恋心はあるらしく、顔を少し赤らめながら言う。


「問題ありません!、、僕のこと、覚えていてくださったんですね。ジャニスさんの弾く音や弾いている姿が素敵で、ヴァイオリンがもっと上手くなりたいなって思ったんです。できれば、、その、、いつかジャニスさんと弾けたら、、なって。。あははは、、。」


「、、うん。わかってた!私のことこの可愛い男の子、好きなのねって。、、ちょっと歳が離れすぎて私からはそうは見れないし、ハンス君も今はこんなおばさんは対象外だろうけど、、ハンス君に教えるの、筋も良くて楽しかった!


私、、昔は慣れないニューヨークに1人で住んでいてね。都会って元々人が多くて好きじゃなかったし、、コンクールとかで疲れていて。、、それで、インスブルックやミュンヘンに演奏でたまに用事がある時に、ミッテンヴァルトのハンス君の実家、、、ヴァイオリン工房に行って気分転換していた。あそこはここみたいに長閑で時間の流れが私に合っていて。

、、ハンスくんのご両親とは実はヴァイオリン作ってもらうのにやりとりしたことはあったんだけど、、実際に会っても2人ともお優しいかただった。

、、で、今ヴァイオリン教師をしてるの、それを思い出したからなの!ハンス君に教えたの楽しかったなって。」


「そうなんですか!!嬉しいな、、僕だけがレッスンが楽しかったのならなんだか寂しいなと思ったので。

、、ジャニスさん、音楽短大も卒業されて、今も弾かれてるんですよね。その、、今度一緒に、」


「、、ごめんね。私、表舞台にはもう立ちたくないの。あの、人の演奏技術を推し量るような客席の雰囲気が私嫌で。、、でも、、ハンス君とは確かに私も一緒に弾いてみたいの。リチャードとも。、、私、作曲もしていてね。それでお金ももらってて。

4本のヴァイオリンと、ヴィオラ、チェロのための曲なの。、、私は第4ヴァイオリン弾くから、仲間をつれてきて、今度一緒にレコーディングして欲しくて。、、この美術展のBGMに使用される予定よ。」


スコアと美術展のチラシを見せられ、リチャードとハンスはそれを覗き込む。


「、、、4本ずっと別のことを弾いていて、、第4、第3は内声チックな役割ですね。

面白そう!!ロマン派っぽくて、民謡調で、郷愁を感じますが、ところどころ無調の箇所や、特殊奏法もありますね。」


ハンスは印刷されたスコアを見てからリチャードに渡す。リチャードもスコアを読み始めた。


「、、どうかな?リチャードには1stを、、」

「1stは君がやりなよ。君が作曲者なんだから。

、、ハンスは2ndに。私は3rdか4thやるから。

、、確かにどのパートもやりがいがありそうだ。


!!1st2ndはスコルダトゥーラもあるのか。。

でも君なら弾けるだろ?」


リチャードは、ジャニスに1stをやるように促す。ジャニスは首を振る。


「弾けるけど、、言ったでしょ。表にあんまり出たくないの。今は。、、それに、リチャードの派手な音色が1stは合うわよ。お願い。

じゃなきゃ私弾かないわ。」


「、、わかったよ。じゃあハンスが1stで?」


「なんでそんなに1st嫌がるの?昔一緒にアンサンブル弾いたとき、1st大好きだったのに。曲が好きじゃなかった?趣向が変わったの?」


「違う。、、ここで話す気はなかったけど。

、、近々、演奏をしばらく休む気でいて。もっとヴァイオリンに対して違うアプローチをして、新しいアイデアを得て私が成長したいんだ。

、、楽団のコンマスも、、ハンスにも受けるように打診したが、ハンスか誰かがなる。

、、、ハンスに経験を積んでもらいたい。」


「じゃあ、この曲にあなたの今現在を全部ぶつけてみたら?、、リックが1stじゃなきゃ私、弾かない。、、あなたたちが今日来るって聞いて、この曲の依頼とそれがほぼ重なっていたから、2人をイメージして書いたの。特に1stは、、リックが弾いてくれるイメージで。。」


「、、君が1stか、ハンスが1stかじゃないと弾かないよ。少なくとも作曲者でヴァイオリニストの君が3rdは無いだろ。」


2人の意見が平行線で、ハンスは見かねて口を挟む。


「じゃあ、ジャニスさんが2ndは?僕は3rdにします、、レイノルズさんが1stで、、僕もレイノルズさんが出し切る姿を見たいです。ジャニスさんが2ndなら僕もジャニスさんの隣で弾けます。

、、それに、ジャニスさんが横で弾いてくれたらレイノルズさんも刺激になるかも?」


「、、、たまには内声もやりたかったけど2対1じゃ勝てないな。第4ヴァイオリンは、、ライオネルに声かけてみてダメなら礼に声かけるか。。初演だから誰に声かけても喜びそう。」

リチャードはようやく折れる気になり、顔を上げて微笑んだ。

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