第174話

リチャードとジャニスは、ハンスたちも含めた共演の話がまとまったあと、2人で街中に繰り出した。


ジャニスは25年前と同じように、リチャードの腕に自分の腕を絡め、甘えてくる。

ジャニスの白い陶器のような肌や、背は高いが華奢な体形も、絹のように美しい柔らかい茶色のロングヘアも、化粧は苦手であまりしておらず、素顔にも派手さはないが、均整が取れ、儚げで色っぽい顔立ちも変わらない。年は互いに経ているので互いに老けてはいるが、ジャニスの魅力はそのままだ。


「、、ジャニス、いくらなんでもイチャイチャしすぎだよ。、、私もこの年だけどそんなにくっつかれたら制御できないかも。、、手を繋ぐくらいにしよう。な?」


リチャードは、しばらくはジャニスの好きにさせていたが、信号待ちの際にジャニスから離れ、かわりに片手を差し出す。


「、、最後のデートって言ったじゃない。

昔みたいにしたいの。、、別にいいわ、リックだって制御なんかしないでも。」


「そんなわけにいかない。私は君を深く傷つけたんだし、互いに今はパートナーがいるのに、こんな、、」


「あんなことがなければ、私たちがパートナーになれたわ!!、、あなたがコンクールに出て私と大差をつけて、、私が勝手に不貞腐れて浮気して、、地獄みたいだったけど、、そんなことになる前、リックが言ってくれたじゃない。


君を幸せにしたい。ずっと一緒にいたい、成人したら結婚しようって、、嘘だったの??

こんな不安定で、、リックが普段いる喧騒や華やかな舞台に馴染めない女は嫌い?」


自分より10cm背の小さいジャニスに、上目遣いでもともと濡れたように見える、天性の色気がある瞳で見つめられ、リチャードは困ってしまう。こんな言動は付き合っていた思春期の4年間、ずっとしていたのたが、それでも彼女の美しさ、自分には持ち得ない繊細さ、優しさ、虚勢を張らずにナチュラルな姿、そして高い感受性に支えられた音楽的才能、それらに魅力され、彼女を離したいとは思えなかった。


だからこそ、彼女が自分の苦しみを理解せず、自分を裏切ったのが許せなかった。病気で死の淵にある兄を、自分は1人で生きれると安心させたくて、出たコンクールで大差をつけたくらいで浮気をされて、それを見てからはジャニスへの異様な怒りが抑えられなくなってしまった。


自分が彼女を壊しキャリアを奪った責任は重い。自分が死んでも償うことはできない。でも、ジャニスを愛していなければ、彼女の浮気と、自分の状況への無理解に制御がつかないほど怒らなかっただろうと思う。


誰にも取られたくなかったし、自分が彼女を一番に理解して幸せにしたいと本気で思っていた。そして、彼女に自分を理解してほしいと思っていた。でも、年を経た今ならわかる。人は互いに完全に理解し合うことはできない。妥協し、折り合いをつけるしかない。若く、青かった自分と彼女は、特に未熟だった自分には、25年前、それができなかった。


「そんなわけない!、、、私には持ち得ない魅力ばかりで今だって魅力されてるよ。

、、昔から意地悪な言い方は変わらないんだな。、、自分のせいとはいえあんな風に別れて、、ずっと、、こうしたかったよ、、。

、、昔みたいに。」

リチャードはまた腕を絡めて身体を寄せてくるジャニスの頭を片手で優しく撫でながら、自分の肩にもたれさせる。


ジャニスの案内で、2人はレンタルスタジオに入った。

こんな田舎町にもスタジオがあることにリチャードは驚いたが、ジャニスが自作をプロに弾いてもらいレコーディングをする時等に使っているらしいだけあり、寂れた外観に反して内部はしっかりしている。

ポップスやロックのミュージシャンだけでなく、クラシックの奏者も使うらしく、クラシック奏者向けの部屋はそうでない一画と違い、タバコの臭いはなく、清潔感があった。

部屋にグランドピアノや譜面、2人座れるソファーや小さなテーブルまである。


「、、良いスタジオだな。外観で心配したけど。、、昔一緒に良く弾いたジュリアードの練習室やニューヨークのスタジオよりくつろげる。」

リチャードは微笑んで、ソファに座る。

ジャニスの希望は、「昔のような2人の時間を過ごしたい」だ。

昔はよく、一緒に何か弾いたり楽譜を見たりしてから、カフェやレストランに入り、その後どちらかの部屋に行ったり、誰かを混ぜてアンサンブルしたり、などしたものだった。





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