第115話
「乾杯!!」
リチャードはリハーサル後、予定も珍しく詰まっていなかったため、ハンスたちを誘って食事に行った。
「いやあ、びっくりしたよ。今日は良かったぞ、ハンス。オーディションのときみたいだった。いつもあれくらいガンガン弾いてくれたら面白いんだけどな。」
リチャードは、ドイツ人だが酒にはそこまで強くないハンスが、リチャードが一気に3分の1は飲んだのに対し、少しずつビールを飲むのを見ながら話す。
「凄かった凄かった!!おかげで俺もオケがどう反応するかな?って遊びたくていつもより大袈裟に弾いちゃった。
ライオネルも凄かった。ハンスを最初に煽ったのライオネルだもんね?」
明がハンス以上にビールにはあまり口はつけずに、リチャードの隣からハンスとライオネルを見ながら話した。
「そうなんです!ライオネルのおかげでどう弾いたら良いかわかって。本当に助かりました。
ライオネルっていつもオケでも僕と違って自分の考えで弾いていて凄いなと、、。ライオネル、ありがとう!マイヤーさんが隣で緊張しちゃったから助かった。」
「緊張?、、緊張しいなのにうちの楽団の副コンマスによく応募したね。俺なら怖くてできないや。
、、それに、うちの楽団はお二人みたいな格違いも何人かいるけど、他だってソリストもできるくらいの人が集まってる。覇気もなく、誰かに合わせておとなしいのはハンスくらいだよ?俺はいつも通りにしただけさ。」
ライオネルはグレーが入ったグリーンの大きいがシャープな瞳を少し鋭くし、言葉尻に棘を持ってハンスに話す。普段は冷静なライオネルも、酒が入り、内心は嫌っているハンスを庇う役割をしたことが嫌だったことが態度に出ている。
「、、そうか、確かにそうだよね。
楽団の副コンマスに応募したのは、レイノルズさんのヴァイオリンの演奏は知っていたから。隣で弾けたら良い経験になると思って。確かに考えは甘かったかもしれない。、、今日のこと、苛立たせた?」
ハンスは、これまでライオネルがハンスに反感を持つのは、ライオネルの普段は冷静な性格もありわかっていなかったのか困惑した様子で返す。
「別に。仕事だから。それ以上でもそれ以下でも、」
「ライオネル、お前を副コンマスのオーディションで落としたのは、コンマスが向かないと思ったからじゃない。セカンド首席を引き続きやってほしかったのもあるよ。人には向き不向きがある。今日はとても助かった。本当に感謝してる。、、これからも力を貸してほしいんだ。
、、私じゃできないことだから。」
ハンスがライオネルのドライな物言いに困惑していると、リチャードが話に入ってきてライオネルを見つめて話す。
「え??、、オーディション??ライオネルも受けていた、、んですか?」
ハンスはレイノルズと中本を見つめる。レイノルズはライオネルと睨み合っていたが、中本は微笑んで頷いた。
「うん。本当は、コンマスや副コンマスや首席のオーディションを受ける時は一度退団する決まりだし、ライオネルもそうしたんだけど、、ライオネルは実力があるから、、リチャードが事務局やマエストロに交渉してセカンド首席は続投したんだよ。、、なかなか前の副コンマスが定年してから適任者もいなくて。ライオネルも有力候補だった。」
「、、勘違いしないでください。俺はあなたにも怒ってます。
、、そうやってご自分の地位に物を言わせて。フェアじゃないしそんな温情でズルしてセカンド首席に残ったの、俺は恥ずかしいと、」
ライオネルはハンスと中本の会話は無視し、レイノルズに噛み付く。
「そうさ、私はなんでもするよ。良い楽団になるなら。良い演奏になるなら。自分の地位と金とコネを使っても、だ。
なんせ、”ヴァイオリンの帝王”なんだから。
その代わり、力がない奏者なら地位を使って切るが。、、お前だって見てきただろ。
私が古株の団員でついていけてないヴァイオリンやヴィオラの団員を何人もリストラしたのを。」
「、、、なるほど。改めてレイノルズさんのそういう点は嫌いだと再認識しました。それで?俺がハンスに言ったことが何か間違ってますか。」
「間違ってないけど八つ当たりはやめるべきだ。
それに、仕事だからハンスを助けたんじゃないだろ?
、、誰も口ではやれなんて言ってないんだしやらなくたって良かった。
、、ハンスが珍しく必死に弾いてたから助けたくなったんじゃないか?
いくら嫌いな相手でも必死ならお前は見捨てない。、、楽団で見てればわかるよ。
、、それと、40のおっさんから見ると怒るのも嫌うのも、好きの反対じゃない。好きの反対は無関心、、。仕事だから、って言ってもどうせ四六時中顔を突き合わせるなら、楽しい方が良い。、、無関心じゃないんだから互いのことが分かればもっと楽しくやれるかも。」
リチャードは、ちまちました手つきで料理を切って食べている明の横でライオネルとハンス、両者を見ながら懸命に話す。
2人が力を合わせれば絶対に良い演奏になる。それを今日確信できたからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます