第27話 裏面3

「父さん、入るね。」

ヨハンは珍しく、一方的に告げるとすこしノックしただけで部屋に入ってきた。


リチャードは、コンクールでイザベラとヨハンの演奏を聞いてから動揺が激しく、帰宅してすぐに疲れたと言い訳して自室に入った。しかし、突然入ってきたヨハンには、全く眠そうな様子なく、椅子に腰掛け机に向かっていたのは明らかだった。しかも、机には楽譜もタブレットもケータイも無く、不自然に机に向かっていたのがよくわかる。


「、、変なの。眠かったのに何するわけでもなく机にいたの?」


「いきなり入ってくるなよ。、、疲れたから座ってたんだよ。もう眠る。」


「父さんて外で気を張ってるとき以外は嘘が下手だよね。」

ヨハンは言いながら、特にリチャードに許可は取らず、リチャードのベッドに座る。


「嘘?何の話だ?」

リチャードは内心、息子の年に似合わない賢さに感心しながらも憎たらしく思いつつ、返す。


「イザベラを教えないのは、僕をイザベラが追い抜きそうだから?だろ。

、、、でも、僕はだからこそ父さんにイザベラを教えてほしいんだ。」


「スケジュールが厳しいからやっぱり無理だよ。申し訳ないけれど。」

レイノルズは違う観点から話を断るが、それを聞いてヨハンも話を少しずらしてみる。


「イザベラにサインしたCDの裏面、イザベラに見せてもらったんだ。ライブ録音で年月日が書かれていた。母さんが死んだ日の演奏だったんだね。だからサイン求められたとき、あんなにびっくりした顔していたんだ。それに、ブラームスのコンチェルト、好きだ、じゃ無くて好き、だったって言い方していた。母さんのことがあったからだよね。

どうして話してくれなかったの?

僕がコンクールであのコンチェルトを弾く時も、普通に教えてくれていた。辛くなかったの?あの曲を思い出すのが。」


リチャードは椅子を回転させて机に背を向け、ようやくヨハンのほうを振り返る。


「お前に話す必要はないからだよ。

、、イザベラのことはそれとは関係なく断ったんだ、スケジュールが詰まっていて、」


「それならマネージャーのエルンストさんが何か言うはずだけど何も言ってなかった。

、、父さんが僕に父さんのことを何も話してくれなくても、僕は知ってるよ。

父さん、、ジャニスさんってヴァイオリニストと付き合っていたんだろ?その人は、父さんにコンクールで負かされたあと、ヴァイオリンをやめた。、、僕とイザベラが同じように競って仲違いすると思ってる?

ならそれは杞憂だよ。僕にないものをジャニスは持っていて、ジャニスも僕に同じことを言ってくれる。演奏だけじゃなくて性格も。お互いにヴァイオリンとか関係なく好きなんだ!ずっと一緒にいたい。だからそんなことで仲違いしたりしない。ジャニスさんの件だって父さんは別に悪くない。ヴァイオリニストとしてコンクールで名を挙げたいのは当然で、」


ヨハンの話を、リチャードはとりあえずは黙って聞いていたがため息をつく。


「よく人のことをちまちま調べたな。ケータイでネットサーフィンでもしたのか。別に隠す気はなかったけど、話す気もなかった。

それと、私とジャニスだってそういうふうに想いあっていた。人間関係なんて、特に恋愛関係なんてちょっとしたことで崩れ去る。砂の城みたいなものさ。。だからその人が大事ならよくよく気をつけなきゃいけないんだ。私は演奏のことと自分しか見えなくてそれができなかった。それで、ジャニスも、、お前のお母さん、、マリアも、傷つけた。、、お前にはそうなってほしくないし、私がそれに加担したくはない。


ともかく、二人とも私に教われば多かれ少なかれ互いを意識し競うようになってしまう。

、、それに、私のスケジュールがカツカツなのも本当さ。この話は終わりだ。お前ももう寝なさい。」


リチャードは言うと席から立ち上がり、シャツのボタンを開け、ヨハンの座っている隣に畳まれた自分のパジャマを取り、着替え始める。


「質問に、まだ一つ答えてないよ。ブラームス のコンチェルトを僕に教えてくれたとき、辛くなかったの??」


「辛い?、、私は、普通じゃないからな。

お前も知ってるだろう。私がマリアの死に目にすら来なかったのを。、、私はそう言う人間だ。だから何も感じない。」


「嘘だね。ならなんで、あの日を最後にブラームスを弾かないんだ?父さんが、、それまで1番得意だったコンチェルトじゃないか。僕が生まれる前の話だけどそのくらい知ってるよ。


、、嫌な思い出があるなら、辛いことがあるなら僕にも言ってよ!僕は父さんの、、たった一人の家族だ、違う??」


「、、、。お前は本当に優しいな。マリアによく似て。いや、、お前自体の持って生まれた長所なんだな。そんなお前が、私は何より大切だよ。ヨハン。」


リチャードは質問にはやはり答えず、上だけパジャマを着たあとにヨハンに隣り合って自分のベッドに座ると、優しく微笑んでハグした。忙しい父にハグされるのは久々だ。父は自分がヴァイオリンを始めてからは普段から厳しくなった。こんなに優しく微笑まれたのもいつぶりだろうか。


「ちょっと、父さん!?なんだよいきなり。。恥ずかしいなあ。」

ヨハンは戸惑い、情けない声を上げる。


「でも、、親は子どもを守り育てるのが役目。だからお前が、私のために何か遠慮する必要はないさ。

ブラームス は、、確かに弾けないんだよ。弾こうとすると、、手が震えたり動悸がして。情けないだろ?周りは天才だなんだって言うけど、情けないことばかりだよ。

だからお前も何か少ししくじっても、そんなこともあると思ってお前らしく、やっていけば大丈夫。」


「じゃあイザベラと少しくらいヴァイオリンで競うハメになっても、、イザベラがたとえ僕よりずっと弾けるようになっても、僕は挫けないよ。僕なりにやっていく。、、イザベラのことが好きだからこそ,平等な条件で弾きたいんだ。イザベラが、、筋が良いし、僕が思ってもみないような音楽解釈ができるのは知ってるよ。

彼女と平等に競うのが怖いようなら僕がヴァイオリニストになるのは厳しい。逃げたくないんだ。、、お願いだ。」


ヨハンはリチャードから離れて訴える。


「思ったり考えるのは簡単だ、実行するよりもずっと。これは曲げられないよ。それに、平等な条件って言うけれど,」


「見損なったよ!!父さんは確かに、ヴァイオリンや音楽にかかると人が変わってしまう。いつもはそんなに周りを気にかけるのに、人の死も、自分の心身だって気にしなくなってしまう。でも、音楽には誠実だと思っていた!演奏だけじゃなく、ヴァイオリンを教える時にも。才能があって条件をクリアした人には誠心誠意教えてくれる。、、才能ある奏者を育てるのにも、技術を伝えるのにも情熱を持っていると、、そしてそこに私情を挟んだりしない!

だからいろんな音楽関係者から尊敬されてきた。それなのに、、

、、そこを僕のために覆すなんて。。」


ヨハンはリチャードに向かって怒りをぶつけると、涙を見せてから部屋のドアを思い切り閉めて部屋を走り去る。


「おい!!ヨハン!?」

リチャードは嫌な予感がし、慌ててパジャマのまま後を追う。



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