第102話
リチャードは、予定外に風俗店に入ったあと、時間が推してしまったため急いで病院まで行き、カザリンの診察を受けた。
カザリンの提案もあり、診察でリチャードの体調や精神状態に問題がなければ、2人はスタジオに行き、あとからマルクと、リチャードの心因性の不整脈を診ている医師も立ち会ってブラームスのコンチェルトを弾くのにチャレンジしてみることになっていた。
4人揃ってから、リチャードは、実は音大のピアノ科を出ていて,ピアノの腕前もプロ並みマルクの伴奏で演奏を始めた。
1楽章や2楽章でもカザリンから治療を受けるまでは、マリアが死んだショックをフラッシュバックして動悸で蹲ったり,手が震えて弾けなくなったり、または過呼吸になるなどしていたのだが、二年ほど続けてきたトラウマ治療やマルクとの練習の甲斐あって今では3楽章を除き弾けるようになった。弾いている間は昔は得意な曲だったのに動悸もするし息も上がるのだが、体調を崩したり弾けなくならないだけ進歩だ。
ただ、今までどう頑張っても、マリアの訃報を聞いたあとにあの日に暗澹たる気持ちでなんとか弾いた3楽章だけは弾けなくなってしまっていた。でも、今年はチャレンジしたいと思っている。自分がマリアの死や過去を乗り越えることでヨハンを安心させ、ヨハンにも自分を信じて前に進んでほしいからだ。
リチャードは2楽章までは問題なく弾き終えたが、3楽章の前に一旦深呼吸し、ヴァイオリンをテーブルに置いて震え始める左手を右手で押さえて落ちつこうとする。
(やっぱりダメか、、、私が弾いたらまた誰か死なせてしまうような気がする、、そんなの非現実的な思い込みだってわかってるのに。、、、それにあのときのことが過ぎってくる。。この曲を弾いて既に逝ったマリアとそこで泣く小さいヨハンを見たことが、、、。)
エルンストは、普段はどんなに難曲でも満席でも、堂々と曲に入り込んで弾くレイノルズが険しい暗い顔をするのが心配だったが、敢えて視線は向けず,鍵盤に軽く置いてヴァイオリンがソロを弾いたあとにすぐに出られるように準備する。レイノルズを信じたいし、マリアが亡くなる前はレイノルズの十八番であったこの曲を再び弾けるようになってほしいからだ。
「レイノルズさん。、、、レイノルズさんはこの、、3楽章がお好きですか?」
演奏者のリチャードとマルクに緊張感が漂う中、不意にカザリンが明るく快活に質問し始め、循環器の男性医師も驚いてカザリンを見つめる。カザリンは椅子に座り男性医師と一緒に演奏を聴いていたのだが、立ち上がり、リチャードに近寄り視線を合わせる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます