第24話 残響3
ヨハンは、演奏会の片付けも終わり、ギムナジウムの面々とは別れてから父とエルンストがいるカフェに合流し、3人でレストランに入り夕飯を食べてから、帰宅した。
ヨハンは着替えてシャワーを浴びてから、リビングのソファーに座り、タブレットでオーケストラスコアを見つつ、弓順でも考えているのか傍にヴァイオリンケースが開かれている父に近づく。
「父さん、シャワー空いたよ。使う?」
「ん、、ああ。もう少し経ったら使うよ。半端に作業を始めてしまったから。」
「、、忙しいと思うけどさ、ちょっとお願いがあるんだ。手短にするから話聞いてくれる?」
ヨハンは父の表情に余裕が見られるのを見て、作業が急ぎでないのがわかり、ソファーの背に肘を置き、その上に顎を乗せて後ろから寄りかかり、父に近づく。
ヨハンは、歳の割に他人に気を使う、落ち着いているとよく周りから言われる。それもそのはずだ。父は不器用ながらも自分を男手一つで育てながら、ヴァイオリニストとして多忙で寝る時間も短い生活をずっと送ってきた。だから、そんな父を煩わせないようにヨハンも父をよく観察し、自分でてきることはやるようにしてきた。
そんな自分に、父はもっと頼って良いとか、たまには気持ちを話してほしい、とも言うのだが、そんなことが簡単にできるはずはない。
ヨハンは親子だからこそ、父が本来は壊れやすい琴線を持つことを知っていた。有り体に言えば、それは多分、ヴァイオリンと音楽表現の才能が飛び抜けているが故に持っているものなのだろうと思う。
実際、一度壊れかけたのを幼少期に見ている。
母が死んだ時だ。父は演奏で母の死に間に合わず、その場で泣き崩れたものの、葬式や事後処理をしながら最低限のキャンセルできない演奏はこなしていた。だが、それからしばらくして過労で倒れた。食事を摂ろうとしても身体がそれを拒否し、寝ようとしても眠れない。そのような状態になり、二ヶ月近く入院した。寝る時間が数時間の生活を長年続けても、風邪一つ滅多に引かない父が、だ。
その間、父は自分を母方の祖母に預けて、何不自由しないようにしてくれたが、見舞ったときの生気のない瞳は今でも記憶に焼きついているし、両親ともに失うのかとヨハン自身も不安に駆られた。
そして何より、幼いながらも原因の一端が自分にあることもわかった。
母の死に目に間に合わず、不安な自分を命の火が消えかけた母と二人きりにした父に、つい言ってしまった言葉。
——父さんが代わりに死ねばよかったんだ——
もちろん本心ではなく勢いから言ったのだが、父は覚えているだろうか。ヨハンも10歳まではこのことを思い出さず、忘れていた。
それから、そのことに父から言及したことは一度もなく、責めてきたこともない。物心つき、10歳くらいの時に祖母からそのことを聞き、父に謝るように言われて思い出し、ヨハンから切り出したことはあったが、父には覚えていない、とあしらわれて終わってしまった。本当に覚えていないわけがない。
「、、ああ。別に急ぎの作業じゃない。、、それに、いつもは早く帰れないしな。たまにはお前の話も聞かせてくれ。座ったら?」
父は微笑み、素早くではあったが丁寧に、ストラティヴァリをしまってケースを閉じ、自分の足元に置いてからソファの隣のスペースを空けた。
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